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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン3 自由という名の孤独 最終話 実家のない故郷

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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自由きままな生活を送っていた瞳に、突然押し寄せてきた父親の介護という現実。ところが、父親は瞳が考えていたより用意周到で・・・・・・一見、幸せそうに見える大人女子も、実はセツナイ内情があるもの。作家・横森理香がお届けする、マインドスチーム~mist~シーズン3最終話です。

横森理香小説

最終話 実家のない故郷

 

九月に入り、従弟の純一から電話があった。

「あ、ひーちゃん? 純一です」

「あ、お久しぶりです。なんかすんません、娘がいながら全てお任せしてしまったようで・・・」

瞳は気恥ずかしかった。

 

「いーよいーよ、事情はよく分かってるからね。今は請け負い業者が色々あるから、古屋の片付けも金さえ払えばやってくれるんだ」

「ほんと何から何まですんません」

「今日電話したのはね、おじさんが施設に入ったんだけど」

「うん」

ああ、とうとう、と瞳は思った。

「親族はまだ感染予防対策で面会にも行けないんだけどね、ひーちゃんラインとかやってる?」

「それなりに・・・」

「施設のアイパッドで、月一回オンライン面会できるんだそうだよ」

「へー」

時代も進化したものだと、瞳は感心した。

「認知症の進行を遅くするためにも、親族の顏を見せてあげるのがいいらしいんだ」

「ほー」

 

そういえば瞳が会いに行ったとき、あの日だけ妙にシャッキリしちゃってると叔母も言っていた。

 

「ここはやはり実の娘であるひーちゃんが、一番励みになると思うんだよね」

「なるほど」

「一回十分、ラインビデオで話せるんだって」

「わかりました」

 

 

瞳は純一に言われた通り、メールでラインアドレスを送った。

すると数日後、施設から早速ラインがあり、面会日時が決められた。瞳はドキドキしながら、休みの日に施設のラインビデオと繋がった。

 

画面に、前回とおんなじステテコをはいた父が現れた。

が、何だか様子が違う。ぼーっとしていて、目も虚ろだ。介護士さんに、

 

「田中さーん、娘さんですよ~」

と優しく声をかけられても、変な方向を向いている。

「やだ田中さん、こっちこっち。画面に娘さんが映ってますよ~」

父親は、画面に向かってニッコリ微笑み、

「これはこれは、可愛らしいお嬢さんですな」

と言った。

「やだ田中さん、娘の・・・えーっと」

「瞳です」

「瞳さんですよー」

 

そういわれても、父は、もう瞳が娘であることも分からないようだった。

画面越しにニッコリと微笑み、

「そう~、瞳さんって言うの。可愛い名前だね」

とまで言う。

前回あった時から一カ月もたっていないのに、こんなに早くボケが進むものだろうか。

 

「今日はちょっと調子悪いみたいですね。また日を改めましょう」

介護士さんはそう言って、ラインビデオを切った。後からラインで、認知症は行ったり来たりするので、日によって分かる時もあるから、また面会の日時を決めましょうとあった。

 

瞳は父親が、ほんとうに、冗談ではなく自分が分からなくなっていたことに、衝撃を受けた。父はほんとうに、あれが最後で、どこかに行ってしまったのだ。肉体はまだ地上にとどまっているが・・・。

 

 

瞳は途端にそわそわし、いてもたってもいられなくなって、再び故郷の地を訪れた。あの家も、あれが最後だったのだろうか。あんな古屋に未練もないが、どうなっているのか確認せずにはいられなかった。

 

地下鉄で急行し、現場に走った。スローランだが、走り慣れているのでいざというときには走れる瞳だった。

汗が滝のように流れて来る。汗が目に入り、前が良く見えない。

しかしバッグからタオルハンカチを出す余裕もない。

マスクで汗をぬぐいつつ、走り続けた。現場は、更地になっていた。

 

横森理香小説

©︎AMU(フォトグラファーユニット.KNIT)

 

 

「純ちゃん仕事、早っ・・・」

瞳はとぼとぼと、今は無き実家を後にした。

「せっかくここまで来たから、買い物でもしてくか」

 

拍子抜けついでに、商店街はお休みだった。

そもそもつぶれている店が多いシャッター通りだが、今日はシャッターが全部下りている。

「あ、今日水曜日か。はぁ~」

水曜日はこの商店街の定休日なのだ。

全身汗だくで、喉はカラカラ、トイレにも行きたくなってきた。

まだ昼間だが、な、生ビールが飲みたい。緊急事態宣言は月末まで延長だったが、この辺りならだしている店があるはずだ。

 

 

商店街を抜けると、見たこともない新しいカフェがあった。

覗くと、昼から酒類の提供もしているようだ。瞳は入店し、

「生ビールください」

と注文した。すかさずトイレに急行すると、

「あ、今使用中です」

と店主。そのときトイレのドアが開き、出て来た男が、なんとお茶屋のケンちゃんだった。

「え、田中?」

 

ケンちゃんはご機嫌だった。

「ぷっ、酔っぱらってる?」

午後三時だ。

見ると、トイレ横の四人掛けテーブルが、酒盛り状態となっているではないか。

「何時から呑んでんの?」

「いや今日商店街休みだからさ、昼間っから」

なんでも休みの日には商店街の若年寄たちが集まって、ランチミーティングをしているのだという。

 

「田中もこっちおいでよ」

空いてる席を指さす。

「え、いーよいーよ。私トイレ行って一杯飲んだらすぐ出るからさ」

「んなこと言わずにこっちゃこいや」

酔っぱらったケンちゃんに腕を引っ張られ、びくっとした。

誰かに体を触られるのも、久しぶりの事だった。

「トイレ行って来ていい?」

「あ、そーだ、行って来な」

 

 

瞳はトイレに行き、用を足してから化粧を直した。

一応、男が三人いるから、身だしなみだけは整えなきゃと。

「お邪魔します・・・」

 

瞳は、昼間からべろんべろんになっている男たちの席に座り、ちんまりと生ビールを飲んだ。ぷはーっ、外で飲む生ビールが貴重な今、こんなにも美味しいものか。

 

「はい、それ終わったらこっち飲めや」

と言って、ケンちゃんがレモンサワーを差し出す。

テーブルには焼酎のキ―プボトルと炭酸水、カットレモンが山ほど置いてあった。

つまみのあたりめや柿の種も。

 

「いやいやいや、昼間からそんなん呑んだら、帰れなくなっちゃうからさ」

「え、実家あんじゃん」

「もう更地になっちゃったよ」

「へっ、そうなんだ。じゃうち泊まってけば?」

「えー、悪いよ、ご家族もいるでしょうし」

「お袋だけだから心配すんなっ」

ケンちゃんは胸を叩いた。

「こう見えて独身だ」

「えー! この年までお一人で?」

「そーゆーお前はどーなんだよっ」

「悪かったな一人モンだよ」

 

わっはっはっは~と、独身談義が始まった。

ここに集まる若くもない若旦那衆は全員、独身だった。

なんて不毛なんだろうと、瞳は思った。

 

高齢化する商店街を、こいつらが復興出来るとも思えなかったが、昼から酔っぱらったオジサンたちが、

「俺がもらってやるよ」

「俺も余ってるから」

とオバサン相手に言い合う姿が面白く、そのうちの誰とも結婚する気にはなれなかったが、瞳は、泣くのを忘れて酔いしれた。

横森理香小説

©︎AMU(フォトグラファーユニット.KNIT)

 

◆シーズン1,2,3のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。

◆「mist シーズン3」をお読みいただき、ありがとうございました。シーズン4もお楽しみに。

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