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第1章 巡礼旅は怖くない 8・安全第一、そしてやっぱりお金は大事

大滝美恵子

大滝美恵子

フードライター&エディター、ラジオコメンテーター。横浜生まれ。「Hanako」からスタートし、店取材を続けること20年。料理の基礎知識を身に付けたいと一念発起、27歳で渡仏。4年の滞在の間にパリ商工会議所運営のプロフェッショナル養成学校「フェランディ校」で料理を学び(…かなりの劣等生だったものの)、フランス国家調理師試験に合格。レストランはもちろん、ラーメンや丼メシ、スイーツの取材にも意欲を燃やし、身を削って(肥やして!?)食べ続ける毎日。

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インスタグラムの目的は「生存確認」

 

いま、実は二度目のカミーノ(巡礼)を楽しんでいます。…いえいえ、私は日本におりますよ、自宅で細々と原稿書きに励んでおります。

 

絶望的にパソコンやネットの類いに疎いながらも、インスタグラムに登録しており、いま、巡礼路を歩いているらしいドイツ人男性(まったく知らない人ですが)をフォローしているのです。彼がアップする風景写真を見ては、自分の巡礼の日々を思い返しています。

 

 

そもそも決してマメではない私がインスタグラムを始めたのは、巡礼旅の出発直前。知人に手ほどきを受けつつ、アカウントを作成したのですが、「インスタ映え」する写真をアップして「いいね」を押してもらうためではなく、その目的は「生存確認」でした。

 

青空の下に真っ直ぐ伸びる道を歩くのは本当に気持ちがよくて、昭和のアイドルの歌なんぞを口ずさんでいるのですが、景色が一変し、疲れがたまって足元の地面ばかりを見るようになると、抱いていた開放感がふと底知れぬ不安に変わる瞬間が…。

 

鬱蒼として肌寒い森の中の一本道や薄暗くぬかるんだ上りの山道、人の住んでいる気配のない過疎の村を通る時…。いま、私がこの場所を歩いていることを正確に知る人は誰もいないのです。時代劇でしか聞くことのないと思っていた「追い剥ぎ」と言う単語が頭に浮かんで離れません。太い木々の陰に、折れ曲がった坂道の脇に、ぴっちり閉まった廃屋のドアの向こうに誰かが潜んでいるのかも…!?

 

中世に最盛期を迎えたスペイン巡礼ですが、当時の巡礼者たちは皆、死を覚悟して家を後にしたそうです。道はいまほど整備されていない悪路だったでしょうし、雨風を防ぐ登山ジャケットや歩きやすいトレッキングシューズはもちろん、緊急時に助けを呼べる携帯電話もなく、山中には巡礼者を狙った強盗も待ち構えていました。現代でも熱中症や低体温症、交通事故や滑落事故などの理由で命を落とした巡礼者が少なからずいて、道の脇に立てられた十字架の墓標の前で幾度か手を合わせたことも。

 

 

膨れ上がる妄想を消すために声を張り上げて歌っていると、背後からいきなり「ブエン カミーノ!(巡礼者同士の挨拶の言葉)」との声。「ぎゃあ!!」とバックパックを揺らして横に飛び退くと、両手で「落ち着いて、落ち着いて」というジェスチャーをしながら、苦笑いの男性巡礼者は通り過ぎて行きました。

 

歌うのに一生懸命で、後ろから足早に近付いて来た彼にまるで気が付かなかったのです。あちらもどのタイミングで挨拶をしようか迷ったでしょうし、大声を出して不審者扱いしてしまったのが申し訳なく、そして何よりそこそこの時間、自分の歌を聞かせていたことが恥ずかしくて…。

 

でも、ありがたいことに、あたりに漂っていた「追い剥ぎ」の気配はまるで消え去っていました。今度は鼻歌レベルのボリュームで、先を行く彼の背中を見失わないように、歩き続けます。

 

 

電波が弱いものの、巡礼宿はwifi設備のあるところが多く、宿になくても村には大概、wifiの使えるバルがあります。一切の通信機器を持たずに歩いている「孤高の巡礼者」もいましたが、ほとんどはスマートフォンやパソコンを持参している人ばかり。食堂で毎晩、ブログをアップしている人も少なくありませんでした。

 

また、その場でFacebook、LINEやWhatsApp(ワッツアップ)で確実に友達登録をしあう様子は、過去に外国人と友達になって読み難い(汚い)字の名前や住所の解読に悩んだ経験の多い私には、ため息の出るくらい現代的なシーン…。こんな形で巡礼の人々の交流が深まっていくなんて、イエス様、聖人ヤコブは想像したでしょうか?

 

とにかく今日の足取りを残さなければという思いから、宿泊する街の名前をハッシュタグに付けて、私も毎日、インスタグラムに写真をアップ。登録を手伝ってくれた知人夫婦、ベテランインスタグラマーの友達、この連載を担当してくれている「OurAge」編集部の担当者さんなど、フォロワーは身内のような人たちばかり10人程度でしたが、彼らの押してくれる「いいね」が遠く離れた日本との繋がりに感じられ、同時に歩く大きな励みになりました。

貴重品の管理はしっかり、抜かりなく

 

とんでもない噂を耳にしました。「先を歩く巡礼者が強盗にあったらしい!?」と。震え上がって、詳細を聞きたいと思ったのですが、その場ではそれ以上、何も解らず仕舞い。

 

LINEやWhatsAppのおかげで、先に行った巡礼者から街やアルベルゲ(巡礼者向けの宿泊施設)の情報をリアルタイムにもらうことがあります。「この教会は臨時に閉まっているよ」や「あそこのアルベルゲはもうベッドがいっぱいだよ」など、有益そうな情報は大助かり。けれどもいくら時差のないスマホを利用したSNSを使おうとも、人を経てきた情報なので、事実と反することも多いのです。もちろん皆、親切心で伝えてくれて、私もまた親切心でそれを誰かに伝えるのですが、実際に行ってみると教会は別の入り口から入れたり、ひとり旅の私は難なくベッドを確保できたり…。

 

宿のチェックインで並んでいる時、リトアニア人のひとり旅の女性に「デリバリーサービスで中身を盗まれた人もいるらしいわよ」と聞き、彼女がその本人ではないと知りつつも、質問を重ねました。「何を盗られたの?」「ピルの入った袋を盗まれて、大きな街で病院に行かなくちゃならなかったんだって」。すると後ろにいた別の女性も「私も靴を盗まれたって人の話を聞いたわ」。

 

…多分、多分、それは盗まれたのではなくて、ポケットから袋が溢れ落ちたり、靴紐が解けてしまったのではないかと思うのです。なぜなら、私がいつもデリバリーサービスで預けていたのは、鍵もチャックもない大きめのエコバッグ。パンパンになるまで着替えや寝袋を詰め込み、持ち手の部分にビニール袋を通して結び、どうにかひとつの荷物にしていました。輸送中に寝袋が外に溢れ出てしまっても、紐だけはキツく結んでいたので、どデカいアクセサリーのようにぶらんぶらんしながらも、問題なく搬送完了。中身が盗まれたことはありませんでしたし、うーむ、だいたい、薬も靴も狙われるようなもの!?

 

「私はいつもこうやって預けてるよ」と受け取ったばかりのエコバッグを見せると、端からはみ出たビーチサンダルに「…そうだね、彼らも盗まれたんじゃないかもね」と彼女たちも大笑い。とりあえず噂は噂、あまり惑わされないようにしようと思いました。

 

 

けれども「強盗」となると話は穏やかじゃありません。この巡礼路で本当にそんなことが起きたのか信じられない気持ちだったのですが、事実なのか、事実でなかったかは別として、これは「道中、気を付けなさい」と言うメッセージなのだと思いました。確かに巡礼者は皆、少なくない現金を持ち歩いていて、それは周知の事実。アルベルゲの支払いも、バルでの飲み代も、村の雑貨屋での食品購入も、少額ゆえにクレジットカードを使ったりはしない(できないことも多々)のが普通なので、どうしても現金を持ち歩くことになります。

 

巡礼者同士、嫌な思いをしないためにも、宿での貴重品管理には皆、一様に気を付けていました。どこに行く時にも現金(もちろん私のお財布はジッパー付きの保存袋です)、パスポート、クレジットカード、クレデンシャル(巡礼手帳)の入った貴重品袋は必ず持ち歩きます。そしてリスク分散の方法として、私はバックパックの底に目立たない黒ガムテープで現金入り小袋を貼り付けたり、靴の中敷の下にも現金を忍ばせていました。

 

お金の大切さを知った満天の星の夜

 

難しいのがATMで現金を引き出すタイミングです。日本円を換金できる銀行や郵便局はほぼないだろうと踏んで、クレジットカードのキャッシング機能を使ってユーロを引き出していたのですが、その頻度と金額が悩みのタネでした。多額の現金を持ち歩くのはできるだけ避けたかったのですが、まずATMのある村が限られていること、あっても故障中だったり、そして日本発行のせいか私のVISAカードが使えなかったことも。頻繁にすればその都度、ATM使用手数料もかかりますし、一度に幾ら引き出すか、どのタイミングでATMに行くのか、現金の入手はなかなかのバクチでした。

 

 

「うわ、ヤバイ…」。ある日、これから人里を離れて山越えをするというタイミングで、手持ちの現金が小銭も合わせて20ユーロもないことに気付きました。うっかりATMに寄るのを忘れ、時すでに遅し、宿と村情報のリストを見ると山を降りて次の大きめの村に着くまでATMはありません(予備のつもりの隠しユーロも使い切っていました)。今晩はその手前の、山の頂上付近のアルベルゲ(巡礼者向けの宿泊施設)に泊まるスケジュールだったので、宿代10ユーロはとっておかなくては…。

 

途中の売店でお昼のサンドイッチを買うのは諦め、1ユーロだった缶入りスポーツドリンクを購入。バルにも立ち寄れず、腹の虫の大合唱にも気付かないフリをして、黙々と目的地を目指しました。

 

空を間近に峠の尾根にそって歩き、午後3時すぎ、ようやく村に1軒しかない私営アルベルゲに到着。コテージ風の素敵な佇まいで、前日にここに泊まったアメリカ人のアリシアがインスタで勧めてくれた宿でした。張り紙を見ると宿泊代は9ユーロ、けれども夕食代は8ユーロ…。うーん、1ユーロ足りないから夕食は諦めるか…と脱力しかけたその時、目に入ったのがクレジットカードの読み取り機!! 人気のアルベルゲだけあって、嬉しいことにカード支払いを受け付けてもらえたのです。

 

あぁ、本当にその晩御飯のおいしかったこと!  緑の野菜のガリシア風スープ、子羊の煮込みと塩味のご飯、レモンケーキ。湯気の立つ大皿がまわってくるのが待ちきれないほど、お腹がキュウキュウ鳴っていました。

 

自分の迂闊さを呪い、そしてお金のありがたみも、ご飯の美味しさも感じた夜。標高1200メートルの場所で見上げた星空は美しく、翌日の約600メートルの高低差のあるアップダウンの道に怯えるのも忘れて、ぐっすりと眠ることができました。

 

 

次回へ続く

 

 

  • MEMO 第8日目 計22.4km

ビアナ(スペイン/ナヴァラ地方)

ナバレッテ(スペイン/ラ・リオハ地方)

 

ぶどう畑やワイナリーの看板が目につくようになって、ワインの産地として有名なラ・リオハ地方に入ったのを実感する。水量の豊かなエブロ川にかかるピエドラ橋を渡ると、州都でもある大都市・ログローニョ。芝生の美しいサンミゲル公園や大きなグラヘラ貯水池を通って、高速道路の脇道を進むと、巡礼路は一面のぶどう畑の中へ。そして見上げると、石畳やアーチ型の回廊の古い街並みの美しいナバレッテが現れる。

 

 

地図イラスト/石田奈緒美

 

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