回転寿司屋でノンフィクションを書こうと思った

「アタシさあ、昨日カレシに拉致られてぇ、山ん中連れていかれて、重機で穴掘られて、そこに埋められたんだよね。アタシくやしくてさぁ。ぜってえこんなところで死ねないって思って、穴の中から這い出てきたんだよね」

 

 

「……えっ?」

 

 

彼女は、赤く塗られた爪をチェックしている。それはたしかに先端が剥げていた。

 

 

わたしは、とっさにふりかえると、店内を用心深く見回した。どっきりカメラなんじゃないかと思ったのだ。だって、じつにうまくできた筋書きじゃないか。ノンフィクションライターに向いていると前振りしておいて、ノンフィクションから飛び出してきたような美女が、わたしに向かって壮絶な人生を語り始める。よく仕組まれた悪い冗談だ。ただ、ひとつこの推理には難点があって、そんな大がかりなどっきりをわたしに仕掛けて、得をする人はだれもいないということだった。

 

 

わたしたちの前を、ちいさなモーター音とともに、いかや、えび、なっとう巻きなどの、寿司が、コンベアーに乗せられて、通り過ぎていく。SFじみていてシュールな光景だった。いつのまにか、店内には人もまばらになり、午後のけだるい雰囲気がただよっていた。

 

 

しばらく待ったが、赤いヘルメットをかぶり、「どっきり大成功」と書かれたプラカードを持ったおじさんは一向に現れない。

 

 

彼女は、「アタシ、死ぬ前にどうしても、食べたかったんだよね。お寿司」というと、つやのあるサーモンの寿司を、口のなかに放り込んだ。なにか吹っ切れたすがすがしさである。もういくつも食べたであろうサーモンをなおも愛しそうに頬ばる彼女に、わたしは思わず見惚れた。地獄を見てきたからこその明るさが、わたしの奥底に眠っていた「なにか」を揺さぶった。

 

佐々さん_photo

 

 

この日、わたしの隣に、見知らぬ女性が座り、壮絶な過去を話しはじめた。その人は、暗い穴のなかから這い出して、回転ずしに来ると、タッチパネルの操作を間違い、サーモンを大量に注文してしまった。そして、顔に〈ノンフィクション〉と書いてある女に、自分の身の上話をはじめた。

 

 

そのときわたしは、ああそうか、と心の奥深くで了解するところがあった。なにかがわたしのところに訪れたのだ。あるいは、なにかに捕らえられてしまったのかもしれない。シチュエーションは桜の舞い散る公園でもなく、気持ちのいい風の吹く神宮球場でもなく、地元の回転ずし屋だったけれど、わたしはこれから、こうやって人の話を聞いて、ノンフィクションを書くのだろうな、と思った。

 

 

そして、わたしはほんとうにノンフィクションを書き始め、DVで壮絶な暴力を受けている人などの駆け込み寺を描いた「駆け込み寺の男」を上梓、数年後、「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」で、開高健ノンフィクション賞をいただき、ノンフィクション作家という肩書で活動することになったのである。

 

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