手術ができない【前編】

この世とあの世があるのなら、卵巣のなかにも、この世とあの世の境界があって、この世に生を受けそこなったひとつの「死」が厳然と存在しているような気がした。

 

 

わたしの弟にあたる子を死産した母のことをちょっと考え、この卵巣を通って生まれてきた息子ふたりのことも頭をかすめた。そして、ちっぽけな卵巣から排出された、気が遠くなるほど膨大な卵子が生命を得ることなく消えていったことに思いを馳せる。

 

 

今、わたしのからだのなかに存在するのは、代々受け継がれてきた臓器、つまり、卵巣を通って生まれてきたにんげんの、卵巣を通って生まれてきたにんげんの、卵巣を通って生まれてきたにんげんの、卵巣を通って生まれてきたにんげんの卵巣。三面鏡を合わせたときによく似た、無限の通路が出現する。

 

佐々さん_photo

 

 

「簡単な手術ですよ。卵巣嚢腫を取るついでに、ちいさい子宮筋腫がたくさんあるので、それも取りましょう」と、この先生。ずいぶんノリのいい口調で言う。こういうときのわたしは、どういうわけだか、妙に思い切りがよくなり、「煮るなり焼くなり、とっととやってしまってください」という心境になる。昔からこういうときの思い切りだけはよかった。

 

 

要は水泳の飛び込みと同じだ。ぐずぐずしていると怖くなる。決断してしまえば、すべては因果の流れに乗り、あっという間に過去となるはずなのだ。もっともそれは自分のからだについて、深く考えていない証拠でもあった。

 

 

わたしは痛みに強いタイプだと、おさないころから周囲に太鼓判をおされていた。けがをしても泣きもしないので、大人からは「将来大物になる」と褒められた。初産は逆子で自然分娩だったし、背中には腰の手術をしたときの15センチの傷があるが、どちらのときもケロリとしていると看護師たちに驚かれた。

 

 

もっとも、今回、動揺しなかったのは年齢も影響しているのだろう、あと数年で卵巣の役割が終わる世代でもある。精神的なダメージも少なかったのだ。手術に対する抵抗がなければ話も早い。入院の日取りがその場で決まった。

 

 

しかし、あとで家に帰ってよくよくこの病気を調べてみると、卵巣嚢腫と貧血は直接の関係ないようで、貧血に関連するのはむしろ子宮筋腫にあるようだった。医師は子宮筋腫については、ほとんど言及することなく、ついでに取りましょうという言い方だった。

 

 

〈貧血で受診したんだがなあ……〉

 

 

卵巣嚢腫の手術のことばかり言っている医師のことがちらりと気になった。しかし、雑事に追われて、すぐに忘れてしまった。

 

 

(後編につづく)

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