卵巣で育てていたものは

 

「髪の毛が生えていました」

 

 

わたしはそれを、麻酔から醒めたときにちゃんと見ていたので、彼とおなじく落ちつきはらった調子で、「そうですか」と返事をした。

 

 

わたしの卵巣には髪の毛が生えていた。日本の首都は東京、と言われたぐらいのインパクトのなさである。それはもう知っている。最初に見たときは、興奮し、まわりの人間に、「わたしの卵巣には髪の毛が生えていてね……」と言って歩いた。
わたしは落ちつきはらったままの調子で、あらためて医師に尋ねた。

 

 

「あのー。もっと、めずらしいものは入っていなかったんでしょうか。歯とか、目とか」

 

 

すると、医師はしばらく言うのをためらっていたようだが、わたしの抑えきれない好奇心に気づいたらしく、落ちついた声を出そうと務めるようにして一言、

 

 

「脳の組織が入っていました」

と言った。

「えっ、脳?」

 

 

これにはさすがにおどろいて、思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。

 

「はい、脳が入っていました」

佐々さん_photo
そう言うと、ジェントルマン医師は、こらえきれないと言わんばかりに、ついに嬉しそうに笑った。もちろんわたしも笑った。

 

 

じつに不謹慎で健康的な反応だ。彼も、生命の不思議に少なからず感動を覚えたから医師をやっているのだろうし、こちらも、命には興味がある。

 

 

それにしても、卵巣に脳があったとは、想像のはるか上を行っていた。人間の人格形成にきわめて重要な臓器が入っていたという事実は、わたしに深淵な問いを投げかける。

 

 

この脳は、いったい誰のかけらなんだろう。わたし自身だろうか、わたしとおなじ細胞でできた一卵性の姉妹なんだろうか、それとも、わたしの卵巣が作ったのだから、わたしの子で、息子たちの兄妹なんだろうか。考えれば、考えるほどわからなくなる。ちいさいころ、宇宙のことを考えていたら、眠れなくなってしまった、あの感覚に似ている。なつかしくて、少しこわくなるあの感覚だ。

 

 

からだが悪くなったのは、おととしのことだ。ここまでにいたるまでに、いろいろなことを考え、調べてきた。更年期について。からだにメスを入れることについて、医療とのつきあいかたについて。このコラムでは、そんなわたしの、ごく個人的な心の道程について、綴っていこうと思う。

シェア ツイート LINEで送る

OurAgeをもっと楽しみませんか?

OurAgeはウェブサイトだけでなく、メールマガジンやfacebook、Twitterでも「とっておき」情報をお届けしています。
ぜひチェックしてください!

OurAge メルマガ会員

会員だけのお得な情報もお届けします!

登録はこちら(無料)
twitter
MyAge / OurAge
  • コメント

    コメントを投稿する

    コメントを投稿する

    post date*

    ニックネーム
    コメント
    To Top