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横森理香 連載「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン1 第7話 もう二人の恋人 

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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エンディングノートをつけ始めた佐知。昔の写真を掘り起こすと、若いころの恋人「おっちゃん」と酔って戯れる写真が。今の家族に見せるわけにはいかないと、思い出をシュレッダーで断裁した・・・・・・大人女子のセツナイ内情を描く、横森先生が届けるマインドスチーム~mist~をどうぞ。

横森理香 小説 mist

第7話 もう二人の恋人

 

「・・・もう朝か」

だる重い体を起こして、また今日も三食メニューを考えて作らねばならないことを思うと、憂鬱だった。炊事だけではない。食品を含めすべての生活用品の在庫管理、掃除、洗濯も佐知の仕事だった。夫に生活費をもらっている以上、仕方のないことだが、佐知の小遣いや必要経費は自分で稼いでいたので、何だか納得がいかなかった。

 

仕事がない今、家事でも毎日やることがあるのはありがたいが、それが本業となってしまうのは嫌だった。専業主婦というアイデンティティでは不甲斐ない。何か、自分を活かすことがしたかった。

 

しかしコロナの影響で、次々と契約を切られる現状だった。コロナが収束しても、もう仕事なんかないのかもしれない・・・そんな不安が脳裏をよぎる。専業主婦の自殺が増えている今、佐知も、もう、死んでもいいのかもしれない、と思うようになっていた。

 

このまま生きていても、きっと楽しいことなんか、もうない。

 

なにしろ、おっちゃんが死んだ年齢に、佐知もあと数年で届く年になっていた。不思議なことに、亜希が死んだ年齢と、おっちゃんが死んだ年は同じだった。二人ともぴんぴんころり。羨ましいなぁ。自分も、美容のためにアンチエイジングなんかしてなかったら、こんなに健康ではなかったのに・・・佐知は布団の中でうだうだと思うのだった。

 

 

コロナが流行り始めてからもう一年近く、息抜きの外出もままならないから、毎日毎日、住み込みの家政婦のような生活が続いていた。だから亜希の死がきっかけでエンディングノートをつけ始めたのは、ある意味いい気分転換だったのだ。

 

過去の写真を見ながら自分の半生を検証することで、ワクワクと時間を過ごせた。若くて綺麗だった頃の自分。成人式の振り袖姿、大学卒業時の袴姿。どれも、華やかで素敵だった。それらは、縮小コピーしてエンディングノートに貼った。

 

お気に入りのジュエリーやコスメのページもあったので、娘の花梨に残すつもりで、エンディングノートを書き進めた。娘に見られて恥ずかしい写真は断裁した。そんな作業の中で、不思議なことに気づいた。あいつの写真が、一枚もないのだ。

 

 

佐知にはイギリス留学時代、もう一人恋人がいた。同じ語学学校に通っていた日本人だったが、いけ好かない性格の男で、ただセックスだけに二人とも嵌っていた。だからなのか、写真が一枚もない。

 

ブ男だったからというのもある。ブ男なのに、フェロモンだけが異様に出ていて、女たらしだった。せっかくロンドンにいたのだから、イギリス人と付き合えばよかったのだが、佐知は日本人のブ男にあっという間にたらされて、嵌ってしまったのだった。

 

おっちゃんにもらった金で借りたフラットに、その男は入り浸っていた。たまにいなくなったと思ったら、他の女のフラットに行っていた。その事実が判明し、最後は修羅場となって別れたのだが、ちょうど帰国の頃だったのでタイミングが良かった。

おっちゃんみたいに情の厚いきっぷのいい男の後に、ケチで意地悪なブ男と付き合い、砂を噛むような思いをしたのも、いい人生勉強になった。でなければ、中庸を絵に描いたような現夫と結婚することもなかっただろう。

フェロモンなんかいらない。いい人であれば・・・。

 

 

帰国後、新しい職場で夫に出会い、できちゃった結婚する前に、佐知は内緒でエイズ検査を受けた。ブ男の交友関係が把握できなかったので不安だったのだ。幸い陰性だったので、安心して結婚もでき、長男を産むことが出来た。

そんな事実も誰にも言えない、死んで墓場に持って行きたいものの一つだった。

 

「あ、これはエンディングノートに貼ってもいいわね」

佐知はつぶやいた。大学時代の写真である。仲の良いゼミのグループで、いつも遊んでいた。その中の一人、飯田君と佐知は、ちょっと付き合っていたことがあるのだ。佐知的には本気の恋ではなかった。仲の良いボーイフレンドの一人といった感じで、おっちゃんと付き合うまで、その関係は続いた。

 

 

夜のお勤めとおっちゃんとのデートで忙しく、飯田君とは会えなくなったのだ。飯田君の方は真剣だったので、えらく傷つけてしまった。飯田君からのデートの誘いは、色々言い訳をして断っていたが、ある晩、おっちゃんを佐知のテリトリーに案内していたら、飯田君と鉢合わせしてしまったのだった。

 

それは、西麻布のカフェバーだった。若い子が行く流行りの店を見てみたいとおっちゃんが言うので、連れて行ったのである。

アールデコ調のカウンターに座り、何十種類とあるカクテルのメニューをバーテンダーに渡される。そこは、カクテルが有名な店だった。

「さっちゃん、何にする? 俺はこれ、ビトウィーン・ザ・シーツ」

「きゃっ、おっちゃんヤラシイ!!  私はミントジュレップかな?」

 

いつも通りおっちゃんとふざけながら、カクテルを選んでいたら、わなわなとした視線を感じた。振り返ると、遠くのボックス席の暗闇に、飯田君がいたのだった。

飯田君は、一緒に来ていたダサい女と、すぐに店を出て行った。斜め掛けポシェットのOL臭い女。きっと、就職した先の同僚かなんかだろう。いい妻になりそうな感じだったから、彼女と結婚したのかもしれない。

 

横森理香 小説 ミスト

イラスト/原知恵子

 

濃い恋愛経験という意味では、おっちゃんとブ男が一位と二位の檀上に上がる。三位に上がるのが飯田君だ。なのに佐知の夢の中には、飯田君がたびたび出て来るのだった。何十年に渡って、今でも。それも、更年期症状に苦しみ始めた四十代になってからは、より頻繁に。

 

夢は、なくなってしまったロマンスを感じさせる、素敵な夢ばかりだった。おっちゃんでもブ男でもなく、飯田君なのはなぜなのか?

 

飯田君は一度誰かと結婚して別れ、若い奥さんと二度目の結婚をして一男一女に恵まれ、幸せに暮らしていると風の噂に聞いた。同級生の中にはたびたび当時の仲間と会い、情報に通じている人もいたが、佐知はSNSが得意ではなかった。

同級生に勧められてアカウントは持っているが、滅多に見ていないし誰とも繋がっていない。きっと友達申請とかして、大学時代の同級生と会って、ダブル不倫する人とかいるんだろうなぁ、と思い飯田君を探して友達申請したが、承認されなかった。

 

きっと恨んでるんだろうなぁ・・・。若い頃自分を遊んだ女なんて、顏も見たくないよね。しかも、おっさんと遊んでいるところまで目撃しちゃったし・・・。

フェイスブックでも繋がってないし同級会にも行かないから、飯田君ともう一度会う機会もないのだが、折につけ夢に出てくるのは不思議だった。

 

 

こうやって過去の写真を見てみると、佐知の大学時代の写真には、飯田君がいつもいる。きっと、飯田君に愛された記憶が、佐知の中で今でも息づいているのだろう。女は年を取ると、誰かに女として強く愛されることもなくなるし、自分もそれを求めなくなる。

そうでない人もいるのだろうが、佐知は案外、さっぱりとした性格だった。閉経後三年たつ今では、中性化も甚だしく、夫とは兄弟のようである。娘の花梨もさっぱりしているから、この家はまるでシェアハウス。食事の時だけ集合する、ルームメイト状態だった。

 

佐知は飯田君が映っている大学時代の写真を切り貼りして、昼ごはんを作るため階下に下った。

 

これまでのお話は、こちらで読めます

次回は4月22日公開予定です。お楽しみに。

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