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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン2 コロナ同棲 最終話 人生を生きなおす

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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七夕の日以来、距離が縮まった美穂と菅野。美穂は、菅野のおかげで、少しずつ健康を取り戻しつつあった。突然の別れ、辛い日々。そして出会い。コロナ禍に始まった新しい生活の中で見つけたものとは・・・・・・横森先生がお届けする、乾いた心を癒すマインドスチーム~mist~シーズン2、最終話です。

 

最終話 人生を生きなおす

 

渓谷の下流まで歩くと、上流でどんよりと滞留していた水は、清らかな流れになった。

小さい子供たちが、浅瀬で水遊びをしている。

親たちは目の届くところでピクニックをしている。

のどかな風景だった。

 

スケッチをしている青年や、水辺のカモを眺めて動画を撮る若者たち。

「バリ可愛くね?」

「バリかわええ」

 

家族連れやカップル、壮年夫婦が散策する中に、自分と菅野が溶け込んでいるのを、美穂は嬉しく思った。嬉しい、とか楽しい、と感じること自体、菅野が現れてから久しぶりに蘇って来た感情だった。

 

 

「もう少し行くと、お不動さんがあります。せっかくなので、お参りしていきましょう」

「了解・・・」

嬉しかったが、何年も運動不足だったうえに、加齢も加速している。美穂は膝がかくかく言い始めた。

「あら、龍の口から水が・・・」

不動尊の入口に、ちょろちょろ流れる滝があった。

「量は少ないですけど、岩肌から湧き出る自然の水なので、見てると心が落ち着くんですよ」

菅野が説明する。

 

 

「お茶屋さんもある・・・」

その横にある甘味処で、美穂は休みたいところだったが、混んでいて「三十分待ち」と書いてある。

「美穂さん、もう一息です。頑張りましょう」

菅野が手を差し出した。目の前には、五十段ほどの、石階段があった。

「結構急なので・・・」

手をつなぐのを躊躇する美穂に菅野が言った。

「僕につかまってください」

美穂は、酔っぱらってないと内向的で恥ずかしがり屋だった。

「肘に掴まってもらってもいいです」

美穂がなかなか手を出さないので、菅野は手を腰に置き、肘を張った。

「あ、はい」

美穂は菅野の腕につかまり、階段を上り始めた。

「僕は慣れてますから」

「はい」

「岩田先生の治療院は、お不動さんの正面口から出た方なんです。予約をしてあるので、お参りをしてから行きましょう」

「はい」

 

 

美穂は疲れたのと甘えたいので、どんどん菅野に寄りかかって行く。

「美穂さん、寄りかかり過ぎないでください。僕もまだ足が不自由です」

「でしたでした」

石階段を上り終えると、まるで京都みたいな借景があった。

「きれい・・・」

赤い灯篭の向こうには、深い竹林が広がっている。

「この向こうには日本庭園があるんです。かなり広いので、散策はまた次回にしましょう。今日は予約時間が迫っています」

 

 

そこからもう何段か石階段を上り、等々力不動尊にお参りをした。菅野が何をお願いしたかは知らないが、美穂は、菅野とずっと一緒にいられるようにとお祈りをした。

「さあ行きましょう」

深々と下げた頭を持ち上げると、菅野が言った。

 

 

岩田先生の治療院は、等々力不動の正面口を出てすぐのところにあった。先生は言われていた通りのご老人で、施術台に美穂を寝かせると、脈診をして舌を見た。施術着に着替えていたので、あっという間に全身に針を打たれたが、いたくも痒くもなかった。

 

「私、鍼灸治療ってやったことないんですけど、痛くないですか?」

と菅野に事前に聞いたら、

「先生は無痛鍼のできる数少ない鍼灸師なんです。かなり奥に刺しても痛くないから安心してください」

と言っていた。

 

最初に出された問診表に、具合の悪いところを書いてあったから、先生はそれに対して、施術中に助言をくれた。

「気圧差で頭痛を感じる時は、空腹時に生薬の胃腸薬を飲むといいよ」

「生薬のっていうと・・・」

「太田胃散とか百草丸とかね」

「え、そんなんでいいんですか?」

先生は笑った。

「胃腸が弱ってると、気圧に影響されやすいんだよ。食事をすると体中の血液が胃に集まる。脳の血液が急に足りなくなっちゃうから、食事前に胃の血流を良くしておくといいんだ。騙されたと思って、飲んでみなさい」

「はい」

「あとね、精神科の薬は少しずつ減らしたほうがいい。あれは脳のレセプターに蓋をしちゃうんだ。辛さも感じないけど、喜びも感じなくなっちゃうから」

「はい」

 

 

実は菅野に言われて、美穂はすでに、薬を減らし始めていた。

「新薬は、飲んでた年数と抜ける年数が同じと言われているからね。少しずつ減らして、摂らなくても平気な自分作りをしなさい」

岩田先生の言葉は石清水のように、美穂の体に染み渡る。

最後にお灸をして、施術は終わった。

「好転反応で二、三日具合悪くなるかもしれないけど、乗り越えれば良くなるから。しばらくは週一回ぐらい通って」

 

施術代は初診料3000円、一回4000円と書いてあったが、知らないうちに菅野が支払っていた。

「え、そんな、自分で払いますよ」

と美穂が恐縮すると、

「僕が紹介したので、初回ゼロ円でいいですよ」

と笑う。

 

「さあ、お腹空いたでしょう。食事に行きましょう」

「あ、ちょっと待って。どこかに薬局ないですか?  太田胃散買って飲まなきゃ。先生に言われたの。空腹時に飲めって」

「はい、太田胃散、いい薬です」

と言って、菅野がポケットから分包の太田胃散を差し出した。

「持ってるんだ・・・」

「岩田治療院、長いですから」

待合室のウォーターサーバーから水を汲んで、美穂は菅野にもらった太田胃散を飲んだ。

 

 

治療院を出、菅野の後をついて行くと、再び不動尊に入っていく。
「えー、また歩くの?」

美穂がごねると、

「レストランは渓谷の中から行けるんです」

「えっ」

石階段を下る時、菅野がまた、肘をつき出した。美穂はその腕に手を差し込んで、一緒に急な石階段を下った。

「膝が笑うんですけど・・・」

菅野は笑っている。

「下ったらまた登りますよ」

「うっそ~」

「登ったらご褒美が待っています」

 

渓谷の中にレストランなんかあったかな、と、美穂は思った。

来るときは川に落ちないよう、足元ばかり見ていたから、周囲を観察する余裕はなかった。

「ここから登ります」

「あ、これ? 」

渓谷の途中に、OTTO↑と書いてある看板が、冗談みたいにあった。

まるで、あるはずのないところにある、「注文の多い料理店」みたいだ。

緑の斜面にコンクリート製の丸太で作られた急な階段を登っていくと、古いイタリアンレストランがあった。

PIZZA PASTA CAFEと赤いネオン、OTTOと緑のネオンで書いてあるレンガ作りの入口を入り、重い木のドアを開ける。

「予約の菅野です」

「お待ちしておりました」

 

 

予約席は大きな窓辺にあり、テラスからは渓谷の緑が、まるでどこかのリゾートみたいに見えた。ウェイターに椅子を引かれ、きれいに整えられたテーブルに座ると、美穂は憑き物が落ちたような気分だった。

 

はす向かいには菅野が、微笑みながら座っている。

美穂はその姿を心に刻んだ。

もう、これだけでいい。過去も未来も関係ない。この瞬間が、全てなのだと。

 

横森理香 小説

イラスト/ナガノチサト

 

◆「mist シーズン2」をお読みいただき、ありがとうございました。シーズン3もお楽しみに。

◆これまでのお話は、こちらでお読みいただけます。

 

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