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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン3 自由という名の孤独 第9話 父のエンディングノート

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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疎遠だった父親の介護の相談をするため、20年ぶりに実家を訪れた瞳。戸惑いながらも懐かしい家族との団らん。すると、父親が急に「エンディングノート」を渡してきた・・・・・・一見、幸せそうに見える大人女子も、実はセツナイ内情があるもの。作家・横森理香がお届けする、マインドスチーム~mist~をどうぞ。

第9話 父のエンディングノート

 

結局、用をなさないまま瞳は、実家を後にした。父曰く、瞳とではまともな話し合いもできないだろうから、ボケる前に、遺書を書き記したのだという。

 

「いや、お前はもうすでにボケている・・・」

瞳は遺書に向かって、「北斗の拳」のセリフ調に言った。

 

叔母は電話で、今現在はまだらボケだから、ボケたりまともになったりしているが、やがてボケっぱなしになってしまうから、その前にもろもろ整理したほうがいいと言っていた。

 

 

地下鉄に乗ると、空いてる席を探して、瞳は父のエンディングノートを読み始めた。

「加藤茶、エンディングノートをつけ始める」

と、冒頭に小さく書いてあり、カクッと拍子抜けした。テレビCMの真似だ。

父の万年筆で書かれたブルーの文字は少し震えていて、老人が書いたものだと感じさせた。先刻は気づかなかったが、手ももう小刻みに震えているのだろう。

 

「ひーちゃん、吾輩は、父である」

アホか。この期に及んで、ふざけなきゃ気が済まないのか。

しかし読み進めると、面談では意地を張っていて出てこなかった、父の本音が書いてあった。

 

「お母さんとひーちゃんに、辛い思いをさせてすまなかった。あの頃は、いきがっていたんだね。お父さんも年を取りました。この年になってみると、このところ思うのは、ただ、お前に会いたい。それだけだったよ。死ぬまでに一度。ま、まだまだ死なないとは思うけど、本気でボケたらわからなくなってしまうだろう。その前に」

 

涙が込み上げて来た。そしてそのことに、瞳自身が驚いた。

「謝罪したかった。お母さんの葬式にも行かなかったことや、あれやこれや」

瞳は一応、母の死を父や悦子叔母には知らせたのだ。

ごくごく内輪での葬式だったが、父は来なかった。

 

「ただ、お父さんだって辛かったんだ。日本の男は、女房が母親と同じように支えてくれなければ、男として立っていられない。だから、お母さんには家にいて欲しかった。自分より稼いで外でバリバリやってるなんて、不安で寂しくてしょうがなかったんだよ」

「けっ、なーに言ってんだ自分だって好き勝手やってたくせに」

瞳は涙をぬぐって、心の中で父と会話を始めた。

 

「だから、次々と女を作ってしまった。愛人一号、二号、三号たちといる時は、ほっとできたんだよ」

「きもっ」

「でも、お母さんとひーちゃんを忘れたことは、一度もなかった」

「当たり前だっ」

「ずっと二人の幸せを祈ってたよ」

「うそだね」

「特にひーちゃんには、いい男と結婚して、幸せになってもらいたかった」

「縁があればな」

「今からでも遅くはない」

「いやいや、遅いって」

「男を支える気さえあれば」

「ないから」

「君ならできる」

「って、塾講師か」

「人類がどんなに進化しても、男と女の関係は変わらない」

「そうかな?」

「女が手の平で転がしてこそ、男はイキイキと頑張れるんだ」

「いや、土地は転がしても男はねー」

「お母さんにほったらかされたお父さんは、悪い子になってしまった」

「八十にもなって人のせいにするってか」

「ごめん」

「一応、謝るんだ・・・」

 

つらつらと謝罪文が言い訳がましく書いてあったが、最後に箇条書きで、本日話し合うはずだったことが、既に事後報告として書いてあった。

 

〇お父さんは老人ホームに入ります。転居先→荒川区・・・

 

「あ、やっぱりあそこにしたんだ」

 

 

そこは、瞳がネットで調べた、ここならいいんじゃないかな? と思った施設だった。入居金がいらず月額制で、高くなく安くなく。

内科と整形外科を併設しているから安心だし、夏には隅田川の花火も見られた。

荒川線沿いだから父も満足だろうし、色んなリクリエーションも提供される、楽しそうなホームだった。

 

〇この家の売却は甥の純一に頼んでもう済ませました。入金され次第、施設には入居予定です。今後の事はすべて純一に任せました。純一はしっかりしてるし、お前の従弟だから、遠慮せず困ったことがあったら連絡しなさい。純一携帯080-○○○○

 

従弟の純一は司法書士をしているから、手続き関係はお手のものだろう。

面倒なことを全てやってもらえてありがたかったが、瞳はなんだか気に入らなかった。

 

「ちっ、せっかく人が仏心を出して面倒見てやろうと思ったのに・・・」

 

 

〇湯河原のマンションとゴルフ場の会員権はとっくに売っちゃってありません

 

「ふん、どうせ賭け事や呑み屋で使っちゃったんだろうよ・・・え、ちょっと待って」

と、ここで瞳は初めて気が付いた。

「家の売却も入居先ももう決まってるんなら、私が今日行く必要もなかったじゃん」

 

だまされた。二人にまんまと嵌められた。瞳は地団太を踏んだ。

あの電話は、悦子叔母の迫真の演技だったのだ。

横森理香 小説ミスト

©︎AMU(フォトグラファーユニット.KNIT)

◆小説「mist」のシーズン1、2、3のここまでのお話は、こちらでお読みいただけます。
◆次回最終話は、9月23日(木)公開予定です。お楽しみに。

 

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