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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン6 孫という名の宝物 第1話 突然の電話

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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作家・横森理香の連載小説「mist(ミスト)」最終シーズンがスタート。「シーズン1終わらない春」の主人公、佐知が再び登場です。夫と娘とのコロナ禍の生活に、佐知をワクワクさせる出来事が。一見幸せそうに見えてもセツナイ内情を持つ、大人女子の心を最後に潤すものとは?

ミック・イタヤ

イラスト/ミック・イタヤ

第1話 突然の電話

 

四回目の緊急事態宣言が明けた十月、佐知の息子、久志から電話があった。

 

一人暮らしを始めてからろくに帰ってきもしない長男、コロナ禍でもう二年以上会っていない。電話すら久しぶりだから、かかってきたとき、佐知は心底驚いた。

「どうしたの?! なんかあった?」

 ラインで安否確認はしていたものの、声を聴くのも久しぶりだ。

「実は、紹介したい人がいるんだ」

「えー!!

 

夫と同じあっさりした性格で、学生時代から彼女らしき人がいたためしはない。長身でシュッとしてはいるが、夫に似て仕事人間のメガネ君だ。いつのまに・・・。

「今度の日曜に連れてくから」

「や、急だわっ」

 

佐知は大急ぎで家の掃除をした。掃除は苦手だ。窓なんか拭いても拭いてもきれいにはならない。手のストロークが付くだけだ。

ああ、こんなとき亜希ちゃんがいれば・・・。

佐知は一年前に亡くなった、従姉を思い出した。

「ぴえん・・・」

 

 

亜希は料理だけでなく、掃除も上手だった。

毎年、大掃除の際は手伝いに来てくれていたから、家じゅうぴかぴかになったものだ。が、コロナ禍で遊びにも来られなくなり、渦中に脳梗塞で死んでしまった。もう二年、大掃除はしてない。

 

よく見ると床も汚かった。佐知は片付けは得意だ。しかしいざ掃除となると・・・。見えるところに掃除機をかけて、クイックルワイパーでさーっと拭くだけ。家のそこここに、二年分の汚れがたまっていた。

気にしなければいいのだが、嫁になるかもしれない娘が来るということになれば、ここは姑として、お手本を見せないわけにはいかないだろう。

 

「えー、でもいやだなぁ。手が荒れちゃうし・・・」

「大丈夫、水でさーっと拭けば」

「え・・・」

どこからか、死んだ従姉の声が聞こえた。

「昔は洗剤なんかなかったんだから、普通に雑巾がけすればきれいになるよ」

「亜希ちゃん、そう言うなら、生き返ってきてよ」

 

 

佐知は本当に、家事が苦手だった。

掃いても掃いても落ち葉のたまる玄関、ぬぐってもぬぐっても埃のたまる家で、自粛生活はもう二年続いていた。

 

忙しく出かけていれば多少の汚れは気にならないのだが、コロナ禍で通訳の仕事は皆無、翻訳の仕事もたまにしかなかった。会社員である夫と娘のリモートワークは宣言解除後も続いていて、家事が佐知の仕事といえば仕事だったが、三食作るだけで精一杯だったのだ。

しかし・・・。

 

 

真冬以外は裸足で歩き回る夫の足跡がついた床を、嫁にチェックされるわけにはいかない。面倒より見栄が勝ち、佐知は家じゅうの雑巾がけを始めた。

が、拭いても拭いても、床はきれいにならない。

「なんでかなー? もー、いやんなっちゃう」

 

考えてみれば、家に来る、ということになれば、食事も出さなきゃいけないではないか。自分と家族の腹を満たす程度のものは作れても、ひと様にお出しできるような御馳走は、佐知には無理だった。

 

「ねね、久しぶりに中華料理行かない?」

 佐知は夫に提案した。

「いいよ。もう酒も飲めるからな」

夫は嬉しそうだ。家では呑まない主義だから、飲食店でのアルコール類提供を禁止されていた間、飲み物は牛乳だった。

「そうだよ、うちにわざわざ来るより、店で会った方がいいじゃん」

娘の花梨も、うざったそうに言う割には、久しぶりの外食が嬉しそうだ。

「イエイ!  じゃ予約して、久志にも連絡しとくね」

 

中華が家族を熱くする・・・佐知は久しぶりに、ワクワクしてくる自分を感じていた。

 

◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。

◆次回は、8月16日(火)公開予定です。お楽しみに。

 

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