四季とつきあうための「習わし」/しきたり20:老いを祝うには我が家流で。一生に一度のことを経験してもらうのもいい

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阿部 絢子

生活研究家。消費生活アドバイザー。

新潟県生まれ。 共立薬科大学卒業。 料理や家事など生活全般にわたる豊富な知識と合理的なア ドバイスで、出版・講演など幅広く活躍中。 著書に『「やさしくて小さな暮らし」を自分で作る』(家の光協会)『始末な暮らし』(幻冬舎)『快適に暮らす小掃除術』 『すぐにできるエコ家事』(ともに集英社be文庫)

気持ちよく暮らす「生活のしきたり」

 

 

季節の行事のすごし方や、親戚・ご近所とのおつきあい。恥ずかしくなく普通に暮らすため、カジュアルな決まり事を覚えましょう!

 

ここでは、各テーマごとに全部で84の「しきたり」をご紹介します。

教えてくださるのは、生活研究家の阿部絢子さんです。

 

 

最初のパート【四季とつきあうための「習わし」】では、日本の四季にまつわるしきたり1~21をご紹介します。

今回はしきたり20:老いを祝うには我が家流で。一生に一度のことを経験してもらうのもいい、についてです。

 

 

 

 

●四季とつきあうための「習わし」●

 

 

季節が移り変わる日本では、季節を暦代わりにし、移りゆく季節の変化を愛でながら日々を過ごしていました。四季は暦代わりですから、四季折々が暮らしの節目ともなり、また暮らしに、その四季を取り入れる風流さも持っていたのです。着るものには、季節の模様、桜、菖蒲、花火などを描き、併せて帯にもマッチした模様を使いました。食では、必ず旬を味わい、盛りつけにも季節が感じられるよう工夫を凝らしていました。住まいでは、 、障子をうまく使いこなし、風、雪、雨などの季節を音で聴き、眺めることで、楽しんでいました。

 

季節の節目を祝う行事も、四季を暦代わりにした暮らしには、欠かせないイベントだったのです。こうして、四季に合わせた折々の行事を行うことで、暮らしは続けられ、マンネリ化しがちな日々に、変化とけじめをつける役割をも果たしていたのです。四季の変化は暮らしの変化に結びついていたのです。いま、季節感や四季を愛でることが次第に薄れつつあるようですが、すっかりなくなってしまったわけではありません。

 

季節を感じることは、充足した暮らしをおくることです。暮らしに変化をつけるためにも、季節の行事、季節を愛でる工夫を、暮らしに取り入れてみてほしいものです。

 

季節行事は、季節に合わせていますから、暮らしの節目が感じられるばかりでなく、季節を楽しむ日本人の心の表れでもあるのです。

 

季節の移り変わりや自然の色や香りを、暮らしの中に取り入れながら、ゆとりを持って、暮らしを楽しむようにしたいものです。

 

 

 

しきたり20

老いを祝うには我が家流で。
一生に一度のことを経験してもらうのもいい

 

 

長寿の祝いはたくさんあります。

 

●還暦 六十年で再び生まれた干支に還るので、このようにいわれています。現代で六十歳はまだまだ現役感が強いもの。とても老いというには早すぎるようです。定年退職が六十五歳という年齢ですから、ちょうど、六十歳からは、第二の人生を歩むことになるようです。このころは、まだ身体も丈夫ですから、体力的な衰えを感じない人もいるかと思います。しかし、手や腕が動きにくくなる五十肩は、このころに発生しやすいもの。これからは次第に体力的衰えが出やすくなってきます。

 

●古稀 「人生七十古来稀」と、杜甫が詩に残しています。七十歳まで生き延びるのは稀(まれ)だったということなのでしょう。現在ではこの年齢でもまだまだ若い範囲に入れられるようです。といっても、体力の低下は仕方なく、内臓にも疾患をかかえたり、時として病気を発するなどを覚悟しなければならない年齢です。

 

●喜寿 「喜」の字の草書体が七十七と読めるところからつけられたようです。この歳になると、さすがに老いを祝ってもいいのかな、という気持ちにさせられます。ここまで長生きするには、相当な努力も必要でしたでしょう。その努力を讃(たた)える意味でも祝うことです。

 

●傘寿 八十は傘の字を分解すると、八十となるのでつけられたようです。八十歳、この歳は老いとするのにふさわしい年齢です。八十歳ともなると、髪は白く、皮膚はたるみ、歩きは鈍く、反射神経は緩慢となり、モノ忘れは多く、いかにも老いていく年齢となるのです。

 

●米寿 米を分解してみると、八と十と八になり、ここからつけられたようです。八十歳以上は、老いたりとはいえ、矍鑠(かくしゃく)とされている方もありますが、しかし平均年齢を超えていることから、おおいに老いを祝う価値があるでしょう。

 

●卒寿 卆を分解し、九十となることからつけられているようです。ここまで長生きできれば、これは素晴らしい。老いを全うしたということになるでしょうか。家族はもちろん、親族まで集めてのお祝いをしていいことでしょう。しかも、おめでたいことですから、何度でも祝いたいことです。

 

●白寿 百にあと一歩ですから、白で九十九歳です。これはもう文句なしに祝う年齢です。百のあとは祝いの呼び名がないのですから、これから先は毎年ということなのかもしれません。

 

ところで、これら老いの祝いは数え年で祝っています。しかし、六十、七十代では、祝われるほうもまだまだの気持ちがあり、年寄り扱いする「敬老の日」は、本人にとっても迷惑なことぐらいにしか思えませんから、祝われたい気持ちを、家族がどうくみ取ってあげるかが大切です。とにかく、老いを抱えた本人としては、精一杯頑張り、老いを感じたり、表に出したりしていないつもりなのですから。まわりでじっと見守っていてあげることが、老いを祝うことになるのかもしれません。祝うにしても、親しい友だちを大勢集める、行きたがっていたところに連れて行く、芝居見物をするなど、一生に一度の望む経験をしてもらうのがいいのかもしれません。

 

「寿」の意味は、命であり、長命、長寿を保つことでもあるのです。長命は祝われるめでたいことなのです。老いの年齢も人さまざまですから、その人流の老い、そして我が家流老いの祝い方があってもいいのではと思います。

 

 

イラスト/みひらともこ

イラスト/みひらともこ

 

 

 

次回は、●四季とつきあうための「習わし」●の最終回、四季の終わりには、住まいのあと始末をしてけじめをつける、についてご紹介します。

 

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第20回
四季とつきあうための「習わし」/しきたり20:老いを祝うには我が家流で。一生に一度のことを経験してもらうのもいい

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