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第1章 巡礼旅は怖くない 4・清く正しく美しく!? 巡礼者の毎日のスケジュール(午前編)

大滝美恵子

大滝美恵子

フードライター&エディター、ラジオコメンテーター。横浜生まれ。「Hanako」からスタートし、店取材を続けること20年。料理の基礎知識を身に付けたいと一念発起、27歳で渡仏。4年の滞在の間にパリ商工会議所運営のプロフェッショナル養成学校「フェランディ校」で料理を学び(…かなりの劣等生だったものの)、フランス国家調理師試験に合格。レストランはもちろん、ラーメンや丼メシ、スイーツの取材にも意欲を燃やし、身を削って(肥やして!?)食べ続ける毎日。

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携帯のアラームはセットしなくてもOK!?

 

早朝5時半。携帯のアラームで起床…とは言っても、そのアラーム、悲しいかな、自分の携帯じゃありません。まだ外は真っ暗なのに、誰かの携帯が小さく鳴り、ガサゴソと起き出す気配がします。気を遣ってくれているのはわかるのですが、その気配に気付いてしまったら、自宅と違って二度寝は無理。やっぱり「今日も歩く」という事実に絶えずドギマギしているので、すうっと頭が冴えてきてしまうのです。

 

 

そして身体を起こして、まずすること。それは寝ている間に外れた耳栓探し。いびきと歯ぎしり、寝言の豪華オーケストラの連夜に欠かせない(自分もその演奏者の一員ではあるのですが)、巡礼者の三種の神器のひとつです。「3秒で寝落ちできる」を自慢にしている私ですが、男女混合、平均30名もが同じ部屋に寝るとなると、なんとまぁその騒音のスゴイこと!! 夜中に目が覚めてしまって、色々なタイプのいびきを分析した夜もありました。

 

 

暗闇のなか、服に手を伸ばし、まるで小学生の体育の時間の着替えのように、腕だけTシャツの中に入れてもぞもぞと着替えます。着圧フィット型のスポーツタイツがふくらはぎでいきなり引っかかるので、最終的にはお尻丸出し状態になってしまうのですが、おかげさまで室内はまだ真っ暗なので心配無用!?

 

もともと外国人は男性も女性も身体の露出には大らかだとは思っていましたが、巡礼旅ともなると、そのハードルは更に低くなるようで…。Tシャツに下着姿で支度をする女性たち(どちらかと言うと若い子より同世代でした・汗)に、様々な色や形のパンツ一枚で部屋をうろつく男性陣。まだ異性のパンツを洗った経験のない私ですが、そういった意味では随分と逞しくなりました(苦笑)。

 

真っ暗な部屋の中での準備にはヘッドライトは欠かせない。でもぐっすり眠っている同室の仲間たちの様子に、小さな灯りさえ点けるのをためらうことも。それゆえ、寝る前には着替え、歯ブラシとタオルセットをきちんと整え、枕元に順番に置いておく。翌朝、起きた時には記憶をたどって、手探りで準備を開始。あぁ、涙ぐましい日本人的気遣い…。

 

 

目覚めてすぐジュース! 私の大切な朝のルーティーン

 

ベッドの上で紙パックのフルーツジュースを飲み干し、できるだけ音を立てないようにしてベッドルームを出ると、洗面所やロビーにはすでに出発準備をしている早起き組たち。ごくわずかですが朝からシャワーを浴びる人、夜通し干しても乾かなかった洗濯物をしまう人、暗がりで瞑想やヨガをやっているグループもいます。私もトイレに行って、歯磨きと洗顔。そして一番大事な朝の支度をしなくては。顔のお手入れ? いえいえ、足のお手入れです。

 

 

1日20km以上を歩く巡礼者にとって、大敵なのが靴擦れや水ぶくれ。登山・トレッキング初心者の私もこの防止策だけは事前に色々と調べました。その結果、採用したのが足全体にクリームを塗って、更に全部の指を1本ずつ、テープでぐるぐる巻きにするという方法。これだけは毎朝、とても丁寧にやっていました。恐ろしいかな、顔や髪はほとんどノーケアなのにもかかわらず…。

 

 

時刻も6時を回ると、起きる人が増えてきました。誰かが点けた部屋の灯りに「まだ寝てるんだから、消しておけよ!」「もう6時過ぎだからいいじゃないか!」という賑やかな言い合いもスタート。私は重たいバックパックを「よいしょ」と抱えて部屋から運び出し、さて、出発前にもう1回、トイレに行かなくちゃ!! そう、そのために着替えてすぐジュースを飲んでいたのですから。

 

 

お腹を目覚めさせるためにジュースを飲む、この朝のトイレコントロールは、とても大切なことでした。なぜなら、宿を出た後はどこにトイレが使える場所があるかわからないからです。街中を歩く日はバルやカフェを見つけるのにさほど心配はないですが、標高の高い山を越える日、15km以上何もない平原を突っ切る日、ぴっちりとドアの閉まった住宅しかない村々を通り過ぎる日は…。ようやくたどり着いた村にはパン屋しかなく、トイレを貸して欲しいと頼んだら断れたこともありました。

 

 

だから出発支度の30分間でトイレに2度行くことが私のルーティーン。この時ばかりは、便秘にほとんど悩まない、強い腸ヂカラを持つ自分に大満足です。

 

靴やストックは部屋に持ち込み禁止の宿が多い。ここはまだ巡礼スタート地点に近い宿だったので、比較的、綺麗なトレッキングシューズたち。これが連日の土埃でだんだん白くなると、自分のシューズがどれか見分けづらくなってくる。履き終えた汗まみれの靴下をシューズと一緒に置いておく人もいて、こ、これは翌日、まさかの二度履き!? 怖くて誰にも尋ねられなかった…。

 

 

 

 

夜空にぼんやりと浮かぶ丸い月に見守られながら、宿を後にします。4月中旬のスペインの日の出は朝8時近く。まだまだあたりはまったく人気のない、漆黒の闇の中です。街灯のない道を歩く時は小さなヘッドライトが命綱。ホタテ貝の道標や黄色い矢印を見逃さないよう、注意して歩かなければなりません。

 

 

冷たい手の指に息を吹きかけながら歩き続けていると、だんだんとオレンジ色の朝日が後ろから射してきます。黒一色だった道の両脇に緑の草や黄色い菜の花が現れ始め、大地に生命の息吹が吹き込まれていく瞬間。吸い込む冷たい空気と共に身体中にパワーがみなぎって、太陽に向かって伸びのひとつでもすれば、あぁ、私はNHKの朝ドラのヒロイン!? これから将来を期待される若くて可愛い女優さんばりに、続く道の彼方に真っ直ぐな視線を向けるのでありました。

 

朝ご飯を食べるバルも一期一会

 

 

 

午前9時頃。朝の澄んだ空気のなかを歩き続け、幾つかの村を過ぎた後、ようやくオープンしているバルを発見。バックパックとストックをドアの外に立てかけ、貴重品だけを持って中に入ります。これから仕事を始める作業着姿の労働者が一服している街中のバルもあれば、お腹を空かせた巡礼者目当てのファストフード店のような賑やかなバル、おばあさんから孫娘まで三代に渡る女性たちがカウンターに立つ小さな家族経営のバルなどなど。様々な個性あるバルが巡礼者を待ち受けていて、朝食を取るための立ち寄りに過ぎないのですが、この一期一会もとても興味深いのです。

 

 

巡礼路のなかでも「フランス人の道」が歩きやすいといわれるのは、短い距離間で村々が点在するからだと読んだことがあります。国土の小さい日本(特に都心部)とは違い、ヨーロッパの田舎の村には明確な「始まり」と「終わり」があり、道が村と村を繋いでいます。もちろんとんでもない例外もありますが、短いと0.5〜1km、たいてい3〜5kmを歩けば、次の村に到着できるのです。どの村で休憩するか、どのバルに入るのか、これが意外と悩ましい…。そして、その小さな選択が「私だけのカミーノ(巡礼路)」を彩る重要な要素になっていきます。

 

 

一般的なバルの朝食メニュー(デサジューノ)はトーストとカフェ。マドレーヌやビスケット、甘そうな菓子パンを食べている人も見かけました。骨の髄からご飯党で、朝から甘いものを食べるのが苦手な私の朝食メニューは、もっぱらトルティージャ。じゃがいも入りの卵焼きです。カフェのオープンと共に店に入ることが多かったので、カウンターの上には出来たてのトルティージャがホカホカと湯気を立てています。無愛想なおじさんの作った厚みのある極上トルティージャもあれば、「これって我が家で食べる卵焼きじゃん」と突っ込みたくなるような薄くてパリパリの貧相トルティージャも。

 

「じゃがいもが入っているから、パンはいらないよね…」と呟いた外国人は私だけではなかったけれど、パンがついてくることが多いトルティージャ。そして100%の確率でフォークが刺さって出てくる! カフェオレ1.2ユーロ前後を加えて、毎朝、だいたい4〜5ユーロの朝ご飯。

 

 

 

世界じゅうの巡礼者を日々、見送る気持ちとは

 

まだ人の少ない店内でひとり、カフェオレをすすっていると、厨房から店の人たちの話し声。私はスペイン語がまったくわからないので、聞こえてくる言葉のやりとりに妄想を募らせます。

 

 

家の仕事を手伝う若い女の子が「あーあ、嫌になっちゃうわ、毎日、皿洗いばかり!」。「どうしたんだい、ミ・アモール(可愛い子ちゃん)、そんなこと言って。ほら、焼けたよ」とお祖母さんがトルティーヤを焼いている鍋をコンロから外します。すると今度はお父さん。「ほらほら、しゃべってないで手を動かして。お前もチャンスが来たら出発したらいいさ」。「ほんと? 父さん、行ってもいいの? いつ? ねぇ、いつ?」と胸の前で両手を合わせて喜ぶ彼女…。

 

 

ひとり旅をしていると、アタマの中は妄想だらけ(笑)。勝手な幾つものストーリーが浮かんできます。小さな村のバルを訪れるとき、いつも思っていました。毎日、自分のいる場所を通過点として通り過ぎていく巡礼者を見送るのはどんな気持ちなんだろう…。世界じゅうから訪れる巡礼者の姿を見て、まだ見ぬ異国への憧れが膨らむのかしら、それとももっとクールに商売相手としてしか見ていないのかしら…。

 

 

そんなことを考えていると、ポツリポツリと巡礼者がバルに入ってきます。私はいつも出発が早かったのでこの辺りまでは道中もひとり歩きでしたが、朝食を終える頃になると、他の巡礼者たちに追いつかれ、そしてどんどん抜かされて行きます。

 

 

さて、のんびりしてはいられません。私も先を急がねば。朝10時。まだようやく今日のノルマの距離の1/4くらいが終わったところです。

 

(次回に続く)

 

 

 

  • MEMO 第4日目 計20.4km

シスルメノール(スペイン/ナヴァラ地方)

プエンタ ラ レイナ(スペイン/ナヴァラ地方)

 

 

緑の麦畑の中を進む道はだんだんと登り坂になり、海抜770mのペルドン峠まではかなりの急斜面。尾根に沿って大きな風車が立ち並び、風を受けた白い羽根がゆっくりと回っている。峠の板金のモチーフは「風の経路が星の経路に出逢う場所」がテーマ。ここからこの先歩く、ナヴァラ平野が一望できる。砂利道を転がり落ちるように下って行くと、王妃が巡礼者のために建設させた橋で知られる古都プエンタ ラ レイナに到着。

 

地図イラスト/石田奈緒美

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