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故郷、岐阜が誇る2つの名刹と夏限定グルメを巡るドライブ

吉田さらさ

吉田さらさ

寺と神社の旅研究家。

女性誌の編集者を経て、寺社専門の文筆業を始める。各種講座の講師、寺社旅の案内人なども務めている。著書に「京都仏像を巡る旅」、「お江戸寺町散歩」(いずれも集英社be文庫)、「奈良、寺あそび 仏像ばなし」(岳陽舎)、「近江若狭の仏像」(JTBパブリッシング)など。

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こんにちは、寺社部長の吉田さらさです。わたしは岐阜県岐阜市出身で、しばしば帰省します。今回は、里帰りのついでに、県内でももっとも有名な二つの寺、谷汲山華厳寺(たにぐみさんけごんじ)と両界山横蔵寺(りょうかいさんよこくらじ)に出かけてみました。

 

岐阜県は大きな県で、南側の美濃地方と北側の飛騨地方に分かれています。他県や海外からの観光客に人気なのは飛騨高山や世界遺産白川郷がある飛騨地方ですが、今回の記事で取り上げるのは美濃地方です。美濃地方は、さらに東濃、中濃、西濃に分かれており、県庁所在地の岐阜市は中濃地方、二つの寺はその西側の西濃地方にあります。JR大垣駅から樽見鉄道というローカル鉄道が走っていますが、お寺の前までは行けないので、バスを使うかレンタカーがお勧めです。

まずは最初の寺、谷汲山華厳寺へ。

地元では山号の「たにぐみさん」という呼び方が親しまれており、華厳寺と言ってもどこだかわからないほどです。地元の人だけでなく、全国からお参りの方が来るのですが、それは、この寺が、「西国三十三所観音霊場」の第三十三番札所で結願・満願のお寺だから。西国三十三か所は、日本最古の観音霊場巡礼のコースとして有名で、和歌山県の青岸渡寺が第一番。それから奈良県、京都府、兵庫県、滋賀県の寺を巡礼し、最後に、ここ、岐阜県の谷汲山華厳寺でお参りし、納経した印としてご朱印をいただいて満願となるのです。今は、何度かに分け、電車などの乗り物を使って巡るのが一般的ですが、昔の人は、これだけの広範囲を、すべて歩いて巡礼していたんですね。

由緒ある西国三十三か所の寺のひとつで、歴史が古く、創建は、延暦17年(798年)。平安時代の初頭、桓武天皇の時代です。奥州会津の大口大領という人が、十一面観世音の尊像を建立したいと強く願っていました。大領は七日間の苦行の末、観音像を彫るための霊木を手に入れ、京都に行って、十一面観音像を完成させました。京都から観音像を奥州へ運んで行く途中、観音像は自ら歩き出しました。そして、美濃国赤坂(現:岐阜県大垣市赤坂)というところで立ち止まり、「遠くの奥州には行きません。ここから北五里の山中に結縁の地があるので、そこで衆生を救います」と述べられ、奥州とは異なる方角に歩き出しました。そして、この谷汲の地に辿り着くと、観音像は歩みを止め、突然重くなって一歩も動かなくなりました。大領はこの地こそが結縁の地だろうと思い、この山中に庵を建てることにしました。

そのような伝承のある場所のためか、境内にも、十一面観音様の声が聞こえてきそうな神秘的な空気が流れています。こちらは本堂です。内陣の脇から急な階段を降りると地下道があり、戒壇巡りができます。途中、南京錠と大きなお数珠があり、これに触ってくるとご本尊とのご縁が結ばれ、極楽成仏ができるとされます。

境内は広く、よく見ると、あちこちに、わたしが大好きな石仏や石像が点在しています。こちらは美しいお地蔵様です。

いろいろなポーズを取る羅漢さん(お釈迦様のお弟子さん)の像。

お帽子を取って見ないと何の仏様かは特定できませんが、おそらく観音様でしょう。可愛らしく優しい表情に癒されます。

満願堂というお堂の周辺には、狸の像が何体もあります。

信楽焼の狸像に似ていますが、こちらは石像。お寺でこれほどたくさんの狸像を見るのは初めてかも知れない。

ひじょうに珍しい、「見ざる、言わざる、聞かざる」の狸版です。三猿ならぬ三狸。猿よりいっそう間が抜けていて、眺めているうちに、人生もっと気楽に生きていいんだよと言われているような気がしてきます。

 

谷汲山華厳寺の公式サイト

http://www.kegonji.or.jp/

引き続き、そこから車で15分ほど山に分け入ったところにある両界山横蔵寺へ。

こちらも、比叡山延暦寺との関係が深い由緒ある寺なのですが、子供のころは、「横蔵」という名前を聞いただけで、おびえたこともありました。なぜならこちらには、ミイラ仏、すなわち即身仏があるからです。

創建についての資料が乏しく、平安時代末期ころまでのことは不明ですが、寺伝によれば、天台宗の開祖である最澄が自作の薬師如来を安置して創建した寺とされています。最澄は比叡山延暦寺を開創する際に、本尊薬師如来像を自ら刻み、その薬師如来像を造ったのと同じ霊木から、もう1体の薬師如来像を造りました。最澄は、その2体目の薬師如来像を笈(おい、山伏や山林修行者が背中に背負う箱状のもの)に入れて背負いながら諸国を旅し、延暦22年(803年)、横蔵寺のある地まで来た時に薬師如来像が動かなくなったので、ここに一寺を建立して薬師如来像を祀ることにしたとのこと。

のちに織田信長が延暦寺を焼き討ちし、ご本尊の薬師如来も焼失したため、同じ霊木で彫られたこちらの薬師如来像を延暦寺に移してそちらのご本尊にしたともいわれています。いずれにせよ、史実かどうかはわからないようですが、延暦寺と横蔵寺に深いつながりがあることは間違いないようです。

紅葉シーズンがもっとも美しいと言われ、観光ポスターには、よくこの赤い橋周辺の風景写真が使われます。緑の季節もきれいですね。

美しい三重塔は、江戸時代初期に建てられたもの。今は小さなお寺ですが、昔はたくさんの堂宇が建ち並ぶ立派な寺だったそうです。

重要文化財を含む数多くの宝物、仏像を保有しており、瑠璃殿という建物内で、その一部を拝観することができます。端正なお顔立ちの大日如来像(重要文化財)には平安時代最末期の寿永2年(1183年)の銘があります。また、2体の金剛力士像(仁王像)には、建長8年(1256年)の銘があり、作者は鎌倉時代を代表する仏師の一人である定慶であることがわかっています。深沙大将像は、日本中にも三体しかないという貴重品です。このような山奥に、これほど立派な仏像があるとは驚きです。やはり、延暦寺との関係が深い寺であったためでしょうか。

最後にミイラ仏(即身仏)のお話をしておきましょう。

舎利殿と呼ばれるお堂の中に安置されており、こちらでは、舎利仏と呼ばれています。一般的に言うところのミイラは、亡くなってから遺体に何らかの加工を施してミイラ化させたものですが、即身仏は、修行者が断食して瞑想を続けたまま絶命し、そのままミイラとなったものです。こちらの舎利仏は、妙心法師という人物の遺体です。妙心法師は横蔵寺の地元の村の出身で、天明元年(1781年)に生まれ、諸国を巡って仏道修行をし、文化14年(1817年)、断食修行の後、現在の山梨県にて、満36歳で入定、即身仏となったとのこと。遺体は何らの加工もなく自然にミイラ化したとされています。

 

子供のころは見るのがこわかったのですが、今見ると、とても穏やかなお顔をなさっており、少しもこわくありません。人生の先も見えてきたこの年齢で拝ませていただくと、なるほど、瞑想しながら枯れるように死んでいくのは、ある面、理想的かも知れないとさえ思えてきました。

 

さて、岐阜県の美濃地方育ちの人間にとって、この季節のこのあたりのグルメと言えば、鮎に決まっています。わたしの実家は岐阜市内の長良川沿いにあり、昔は、鮎釣り名人からおすそ分けをもらうことも多く、「天然じゃない鮎があるなんて、知らなかったわ」という状態でしたっけ。

美濃地方の川沿いには、簗(やな)と言って、泳いできた鮎を捉まえる仕掛けを供えた鮎料理の店が数多くあり、つかみ取り体験などもできます。また、そうした簗がなくても、生きのよい鮎を食べさせてくれる店もあります。今回は、そのひとつ、「ひらい」というお店に立寄りました。

 

目の前の根尾川の清流を眺めながら、鮎づくしのコースを堪能。いろいろな鮎料理が次々と出てきて、3000円ほどという驚異的なお値段。天然の鮎、養殖の鮎、双方が使われています。お店の方によれば、「天然鮎がどれだけ手に入るかで、日々、状況が違いますので、運がよければ天然鮎かも、くらいの気持ちで来ていただければ」とのことです。

まずは、基本の塩焼き。続いて、お味噌を塗って焼いた魚田や鮎フライも出てきます。鮎をフライにして食べるなんて、地元ならではの贅沢ではございませんか。

お刺身は、まだ、ぴくぴく動いているほどの新鮮さ。

こんな場所でなければ、これは食べられないかも。

鮎雑炊。高級な料理屋さんでもよくこの料理が出ますが、この場所で、このようなシンプルな食べ方をすると、味わいもひとしおです。

最後に、鮎の皮を焼いたものと、骨の唐揚げも出てきました。これも、他ではなかなか食べられない珍味でしょう。

鮎を干して干物を作っています。

このようなお店は、多くが川沿いの簡易な建物で、鮎のシーズン中限定で営業しています。

年によっても違いますが、おおよそ5月から10月まで。電話して出ればたいていは営業中ですので、まずはお電話くださいとのことでした。

 

ひらいの電話番号はこちらです。

0581-32-5510

 

 

鮎づくしでおなかがいっぱいになりましたが、デザートは別腹ということで、これもまた、地元民の間では、このシーズンにしか食べられない美味しいものとして知られる「みょうがぼち」というお菓子を買いに行きました。と言っても、わたしは岐阜市出身にもかかわらず、つい最近まで、このお菓子の名前すら知りませんでした。これは、岐阜の中でも、ごく限られた地域限定で作られてきたもので、わたしは育ったエリアが微妙に違うため、この年になるまで、見たことも食べたこともなかったのです。

古くから、田植えが始まるころに、各家庭や農作業の合間におやつとして食べられてきたもので、そら豆で作った餡を、小麦粉を主体として作った生地(ぼち)で包み、みょうがの葉でくるんで蒸した素朴な郷土菓子です。葉をむいていただくと、ほのかなみょうがの香りがたまりません。これも、みょうがの葉があるシーズン限定なので、おおよそ5月下旬から10月初旬くらいまでしか手に入りません。

いくつかお店があるそうですが、今回は、このお菓子の元祖「とよだや」というお店で買いました。賞味期限は2日間ですが、とよだやさんでは、冷凍したものをネット販売もしておられ、それなら解凍から2日間は美味しく食べられるそうです。ご興味ある方は、ぜひお試しあれ。

 

とよだやのホームページ

http://www.toyodaya.net/

 

 

 

吉田さらさ

公式サイト

http://home.c01.itscom.net/sarasa/

個人Facebook

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