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聖林寺の十一面観音様がはじめて東京にお出ましです

吉田さらさ

吉田さらさ

寺と神社の旅研究家。

女性誌の編集者を経て、寺社専門の文筆業を始める。各種講座の講師、寺社旅の案内人なども務めている。著書に「京都仏像を巡る旅」、「お江戸寺町散歩」(いずれも集英社be文庫)、「奈良、寺あそび 仏像ばなし」(岳陽舎)、「近江若狭の仏像」(JTBパブリッシング)など。

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こんにちは、寺社部長の吉田さらさです。

 

今回は、東京国立博物館で開催中の特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ」のご案内です。

国宝に指定される十一面観音像の中でも、こちらの像は傑作中の傑作。しかも、東京で展示されるのは今回がはじめてということです。

 

ここ何年か、東京国立博物館には、著名な寺の著名な仏像が展示されることが多かったですが、ついに真打登場という感じでしょうか。

 

国宝 十一面観音菩薩立像 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

 

まずは、観音様の全身のお姿をごらんください。この堂々たる体躯、威厳に満ちた表情。像高は209・1㎝ですが、もっと大きく感じるほどの、圧倒的な存在感です。

 

 

国宝 十一面観音菩薩立像(部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

 

もう少し近寄って、お顔を見上げてみましょう。

観音菩薩は、救いを求める人の声を聞くとすぐに救済する働きを持つとされますが、こちらの観音様は、「わたしはすべての苦しんでいる人を助けるけれど、邪悪な行いは許しませんよ」とおっしゃっている気がします。

 

この方の前では、隠し事なんかできない。裏も表も全部お見通しなのだろうなと思わせる表情の厳しさです。

 

 

国宝 十一面観音菩薩立像(部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

 

観音菩薩は、人々の願いごとに応じてさまざまに姿を変えるとされ、十一面観音はその変化形のひとつです。正面の大きなお顔とは別に、頭上に十一の面があるのが特徴です。

 

この十一のお顔は、正面は優しい表情ですが、怒った表情、あざけるような表情のものもあります。これは、優しい観音様も、人の行いがあまりにもひどいと、叱ったり、嘲笑ったりして心を改めさせる場合もあるということを表現していると言われます。

なるほど、それで、この観音様の前に立つと、おのれの悪い行いを思い出して恥じ入ってしまうのですね。

 

 

国宝 十一面観音菩薩立像(部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

 

こちらの観音様の図上面は、十一個すべてが残っているわけではなく、正面の一面と背後の二面が失われているため、全部で八面です。ぐるりと回ってみると、穏やかな表情の面、怒っている面、歯をむき出している面など、微妙な違いがわかります。

 

 

国宝 十一面観音菩薩立像 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

 

お寺では多くの場合、仏様を正面から拝みますが、博物館に展示されると、背後、脇など、普段とは違う角度から拝見できます。横から見ると、お体に意外と厚みがあるのがわかります。

 

この像は、木心乾漆造りという手法で作られています。はじめに木を彫っておおよその形を作り、その上に漆で麻布を貼り付けます。そして、木屎漆(こくそうるし)と呼ばれる木の粉と漆を混ぜてペースト状にしたものを盛り上げて形を作っていきます。これによって、やわらかで量感のある体の線が出来上がります。

 

 

こちらの観音様を所蔵されているのは霊園山聖林寺というお寺です。奈良県桜井市の多武峰街道の山懐に位置する、のどかな山寺です。

ご住職は、倉本明佳さんという女性。美しくたおやかなお姿が、まるでもうひとりの観音様のようです。報道関係者向けの内覧会の日は会場に来て、観音様への愛を語ってくださいました。

 

 

国宝 十一面観音菩薩立像(部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

 

今回の特別展では、同じ展示室内に、別のお寺から運ばれてきた何体かの仏像も並んでいます。それらは聖林寺の観音様とどんな関係があるのでしょうか。

 

その謎を解く鍵は、上の写真の観音様の背後にある山に隠されています。

これは聖林寺から少し離れたところにある三輪山という山で、山麓には大神神社(おおみわじんじゃ)という日本最古級の神社があります。祀られている神様は大物主大神。ご神体は神社の背後にある三輪山そのものです。古墳時代には、この山で祭祀も行われました。大神神社は、古墳時代から続く三輪山信仰の神社なのです。

 

 

こちらの展示物はそうした祭祀の遺跡から発掘された品々です。

 

三輪山絵図 室町時代・16世紀 奈良・大神神社蔵 8月1日(日)まで展示

 

飛鳥時代に仏教が伝来すると、日本古来の神道と仏教は次第に混淆し、一体となった宗教として発展していきます。その結果、神社の中にお寺も作られるようになりました。大神神社の中にも大御輪寺(だいごりんじ)(旧大神寺)というお寺が建てられました。

 

上の絵図は、室町時代当時の大神神社の様子を描いたものです。上部の山が三輪山、真ん中の左側あたりの「若宮」と書かれた一角が大御輪寺です。そして、その本尊が、実はこの十一面観音像でした。明治時代になって、神と仏、神社と寺を分ける政策が進められ、観音様は現在の聖林寺に移されたのでした。

 

 

国宝 地蔵菩薩立像 平安時代・9世紀 奈良・法隆寺蔵

 

この国宝の地蔵菩薩像も、もともとは大神神社の中の大御輪寺に祀られていたものです。明治元年の神仏分離政策により、いったん聖林寺に移され、さらに法隆寺に移されました。

 

日光菩薩像(右)、月光菩薩像(左) ともに平安時代・10~11世紀 奈良・正暦寺蔵

 

こちらの2体は、同じく神仏分離政策により、大御輪寺から奈良の正暦寺に移された像です。

 

 

つまり、聖林寺の観音様とこれらの像は、江戸時代までは同じ大神神社の中の大御輪寺に祀られていた三輪山信仰の仏様なのです。そのため、今回の特別展には、「三輪山信仰のみほとけ」というサブタイトルがついているのですね。この仏様たちが同じ場所に並ぶのは、明治初頭以来約150年ぶりのことです。

 

「昔一緒だった仏様と再会できて、観音様も喜んでいらっしゃると思います。まるで同窓会のようですね」と、ご住職の倉本さんも嬉しそうです。

実は、この特別展は、昨年行われる予定だったのですが、コロナ禍のため、一年ほど遅れての開催となりました。きっと倉本さんご自身も、この特別展のために、さまざまなご苦労を積み重ねて来られたのだと思います。

 

 

音声ガイドのナビゲーターは天海祐希さん。実は、天海さんにお願いしたいと発案なさったのも倉本さんです。

 

漫画家の柴門ふみさんの「ぶつぞう入門」という本に、聖林寺の十一面観音は天海祐希さんに似ていると書かれていて、それを読んだ倉本さんは「ああ、確かに、きりりとした表情など、どこかが似ているな」と思われたのだそうです。

その本が出版されたのは2005年のこと。天海さんは当時より年齢を重ねられたことでいっそうの貫禄が身につき、ますます十一面観音に似てきたのではないでしょうか。

 

 

国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ

東京国立博物館本館特別5室

開催中~9月12日(日)

特別展観覧には事前予約が必要です。

詳しくは、特別展公式サイトをごらんください。

 

 

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