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十和子道第14回「遣う、貯める、遺す、手放す…50歳を迎える今〝お金〟について考えること」

君島十和子

君島十和子

1966年生まれ。モデルとして活躍後女優に。1996年、結婚を機に芸能界を引退。現在は自身のコスメブランド「FTC」のクリエイティブディレクターとして数々のヒットを生み出している。2女の母。

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取材期間1年以上、収録写真は約400点。自宅で撮影し、オール私服で登場した〝ライフスタイルブック〟の決定版、それが『十和子道』。発売されるや瞬く間に大増刷され、なんと6刷を記録した大ヒット本です。その本のもととなった連載(過去にOurAgeにて配信されたもの)の一部をお見せします!

最初に「十和子道」担当より

 

昨日の夕食の献立、老後はどこに住みたいか、はたまたビジネスの話まで…私が取材や取材以外の場で十和子さんと話す内容はそれこそさまざまです。

 

同世代で、育ったところも同じ東京なので、子どもの頃見ていたテレビ番組、学生の頃流行していたことなど共有できる話題はそれこそ尽きることがなく、気をつけていないと瞬く間に時間は過ぎていきます。

 

そのためいつも「自分は編集者として十和子さんの前にいるのだ」ということを念頭に置き、ふと思ったことや前々から訊きたかったこと、ときには普通なら訊きにくいであろうことこそ遠慮せず尋ねるように心がけています。

 

今回の連載を始めるにあたり、今まで訊いたことがなかったこともぜひ訊いてみようと思っていました。

 

でも、それって何だろう?

思い当たったひとつがお金についてです。

 

もうすぐ50歳。

リアリティをもって老後(当然ですが、お金も必要です)のことも考え始めている十和子さんに「お金・お金とのつきあい方」というテーマで訊いてみました。

*******************

 

私は三人きょうだいの長女で、父は会社員、母は専業主婦というごくごく一般的な家庭に生まれ育ちました。

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高校時代、当時の月のお小遣いは五千円でしたが、コンビニもない時代ですから、遣うといってもノートやレターセットなど文房具、アイスクリームやジュース代程度の飲食費に雑誌や本代くらいのもので、五千円でおつりがくるくらい。

 

お金に対してなんの不服もなく過不足も感じたことはありませんでした。

 

喉が渇けば学校の給水器で水道水を飲み、友だちと学校の帰り道をゆっくりゆっくり歩きながらおしゃべりし、道端や駅のホームで夢中で立ち話をして別れる。寄 り道で訪れた本屋さんで、お目当ての本が見つかれば、「週末に買いに行こう!」と、ウキウキと家路につく。

お金など持ち歩かなくても、なんの不安も焦燥も なく過ごせるそんな牧歌的な時代の子どもでした。

 

 

芸能界に入り、いちばん初めにいただいたお給料は、私にとっては大きな金額でした。

 

航空会社のキャンペーンガールに抜擢されるという大きな仕事に対する報酬だったので、新人モデルの初月給という金額ではなく、「ゼロの数がなんか違う気がす る…」と、びっくり。

でもよくも悪くも「お金」に頓着しない私は、突然の大金にもあまり感じるものはなかったし、女優になった後も実家暮らしだったので 「お金」に対する価値観やスタンスが大きく変わるということはありませんでした。

結婚後は毎月主人から「はい、今月はこれで」と渡されたお金で生活することに。

決まった金額で毎月やりくりするという初めての経験。義母にいろいろと教わりながらやっていく中で、独身時代とは違うお金のありがたみや価値を知りました。

……そして「お金」の持つある種の怖さも、結婚後知ることになります。

 

正しく言うと、「お金」ではなく、お金をめぐって豹変する人心の怖さでした。

お金の追加

新婚早々、義父・君島一郎の急逝で、降って沸いたような騒動が起こりました。

複雑な家族関係に起因する家業の後継者問題、ひいては遺産をめぐる騒動としてマスコミから執拗にバッシングされ、否応なく「遺産相続」をめぐるゴタゴタに巻き込まれていった私たち夫婦。

主人はそれこそ辛酸をなめるような日々を過ごしたと思います。

 

 

でも当時の私には、お金に対する不安や恐怖はありませんでした。

そしてまた「お金」に対する大きな希望も絶望もありませんでした。

 

た だお金が様々な感情を生むということ、時にゆがんだ感情を引き出し、人間関係をあっけなく壊してしまうということ、お金に振り回されてしまう人生がある ということ、そんなことは誰にも起こりうることだということ。それらを主人のそばで、狂騒ともいえる日々の中感じ取っていました。

 

今思えば、当時の世間でいうところの〝渦中のメゾン〟に嫁いで間もない中、何もかもが初めて見聞きすることばかり、若さゆえの蒙昧と元来ののんきさもあってどこまでことの重大さがわかっていたのか…。

 

あれから20年近くが経とうとし、私は今年の5月で50歳。人生の折り返し地点でしょうか。

いいえ、とっくに折り返しは過ぎ、残された時間は「あと半分」を切っていると感じています。

 

リミットを見据え、やりたい事と、やらねばならぬ事の折り合いをつける。今度は「自分の人生をやりくり」すべき時期にいよいよ入りました。やりくりするもののひとつに、もちろん「お金」があります。

遣う、貯める、遺す、手放す…その按配。「どれくらい」が、ベストなのか?

 

「どれくらい」など考えもせず、がむしゃらに生きてきた若い時代が終わり、「お金は何に対して、あとどれくらい必要なのか」を真剣に考えなければいけない世代になってきた事を実感しています。

40代までは子育てと立ち上げた事業に必死な毎日、新製品の開発から明日のお弁当のおかずの準備まで、そんな至近の「やるべきこと」でいっぱいいっぱいで、〝お金と自分の関係はどうあるべきか〟など、考えたことはありませんでした。

今回の取材にあたり、今までの自分の「お金」との関わり方を振り返ってみたのですが、私はどちらかというと「お金に頓着しない」人間だったな、と思います。というより、頓着せずとも生きてこられた幸せな人生だったと思います(周囲は大変だったかもしれませんが…)。

 

そんな私でも「お金」に関して確信していること、決めていることがいくつかあります。

まず「一攫千金はない」ということ。

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「お金」の持つ怖さも豊かさも知る主人の信条は「人生に一攫千金はない。必要ない」というものです。私も全く同感です。だからうちでは宝くじの類を買いません。

 

お金を手にするということは、結果ではなくその手段が大事なのだと思うのです。

あぶく銭とはよく言ったもので、地道にコツコツ積み上げたやり方で手にしたお金しか身になりません。

「正しいやり方で地道にお金を手にする」ことが、お金との正しい関係の大前提だと思っています。

 

そして「お金は人格を現す」ということ。

どんな風にお金を遣うか?が、その人の人格や品格を形作っていくのでは、と思います。

例えば昨今、お世話になった方に感謝を伝えるお中元やお歳暮などがどんどん形骸化し、若い人の間ではなくなりつつある習慣だそうですが、我が家では大切な風 儀のひとつです。お金は何のためにあるのか?と考えると、そのひとつは「人様に感謝を伝えるため」ではと思うのです(もちろん最低限生きていくための衣食 住費以外の遣い途としてです)。

お世話になった方、感謝を伝えたい方に爽やかに気持ちをお伝えする。骨を折ってくださった方、助けてくださった方、元気をくださった方…やっていただいたことを「ラッキー」で済ませずに、そのご恩をきちんとお返しする。そして、していただいたことを、自分もま たどなたかに還元し循環させる。

お金も感謝も自分のところで堰き止めるようなことはしてはいけないと思っています。

 

また「自分への投資」も、私にとっては「お金」の遣い方の大事な有り様です。

私にとって自分への投資とは、本を読むこと、芸術にふれること、旅に出ること、美しい音楽を聴くこと、美しいものを見ること、触ること。

「優雅でいいわね」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私にはそのすべてが自分の糧となり、人としての成長や仕事につながっていると確信しています。

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そして最後が「自社製品は身銭を切って買うこと」。

フェリーチェトワココスメの製品は、自分のお財布からお金を出して購入しています(社販価格ですが)。

なぜなら自分のお金で買ってみないと製品の本当の姿や価 値が見えてこないから。購入する側の気持ちになって初めてリアルが見えてきます。周囲の方からは「化粧品、使い放題でいいですね」「浴びるように使えていいわね」と言われることも多く、いちいち「いいえ、社販で買っているんです」というのもどうかと思うので釈明はしませんが、やっぱり世間ではそう思われて いるんだろうなあ、と。少しだけヘコみます(笑)。

 

遣い方以外に、貯める、遺す、手放すことの按配が私の今後の課題です。

 

大事なひとつが、子どもたちに遺すべきものは何かということ。

個性も全く違うふたりの娘。有形、無形を含め遺すものはおのずと違ってくると思います。

長女は私によく似ていて、よく言えば大らか悪く言えば大雑把。お金に関しても頓着しないというか寛容というか。彼女もこの春から社会人として働き、初めてのお給料をいただきます。

1ヶ月働いて、いただける「お金」。そして実際、暮しにかかる「お金」。それを身を持って知ることになるでしょう。

一方、次女はお金に対して手堅く慎重派。同じ姉妹でも性格はもちろん「お金」に対する思いもスタンスもまったく違います。

そんな娘たちに遺すべきものはお金? それともモノ?

……折りに触れ考えることです。

 

また同時にお金やモノ以外のものも遺したい、と強く思うようにもなりました。

不透明な世界情勢、不穏な市場動向、経済のトレンドは成長ではなく間違いなく停滞もしくは衰退へとシフトし始めています。不安と疑心を感じることも多くなってくるはず。そんなときだからこそ、あえてお金やモノでないものも遺したい。

 

それは生き方であり人格であり、自分の人生の滋養や力になるようなもの。一番は「強靭な精神」を。そして清廉さ、品格、愛、情、誠意、知性や教養など、人としての豊かさにつながるすべてのことをできるだけ。

そ して「人生っていろいろあるけど、いろいろあるから面白い。生きてるだけで価値がある」という本質。

相伝すべきはそこだと思っています。これって単なる言 葉だけのキレイごとや理想などではなく、実はとても現実的で合理的で適合性のある有益な「財産」です。ハンデや挫折や艱難辛苦だって、強くてしなやかで折れない精神があればなんとか乗り越えられるもの。

今、私が親としてふたりの娘に一番遺したいと思っているのは「お金」では買えない、こうした目に見えぬものです。

 

逆に決して遺してならないものは「借金」。そしてかけてはならないものが「親の面倒をみる」だと肝に銘じています。

 

お金が欲しいという欲望は、生きる上での大きな原動力になります。

し かし50年も生きていると私が欲しているものは、お金がもたらすであろう「豊かさ」「快適さ」「自信」「自由」「安心」であって、お金という紙幣そのもの でないことがわかってきます。そして人生において大事なものはお金だけでは手に入らないものだったり、お金を遣わずとも手に入るものだということも。

 

私は「身の丈に合った」という言葉が好きなのですが、それは「ほどほどで我慢しなさい、身の程を知りなさい」という意味ではなく、まずは今あるものに満足してみましょうよ、ということなんです。

身の丈に合ったお金や生活とは高望みをすることではなく、今あるお金に感謝し、今ある幸せに満たされること。

すると身の丈はどんどんと伸びてくると思うのです。

 

欲望より、まずは満足を知ること。

そんなことも人生の折り返しを過ぎた今、見えてきたことです。

 

撮影/冨樫実和、本多佳子 取材/稲田美保 ヘア/黒田啓蔵

*オールカラー、自宅で撮影、オール私服、収録写真400点

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