三田寛子さん、「これからは私自身が花開くとき」


子育てもちょっとひと息ついて

これからは私自身が花開くとき

 

2016年秋、夫である中村橋之助さんの八代目中村芝翫襲名とともに、
歌舞伎界初となる親子4人同時襲名、

プライベートでは夫婦の銀婚式という節目の年を迎えた三田寛子さん。

50歳を機に、芸能界の仕事も再スタート。
夫のスキャンダルを"神対応"で乗りきり、ますます輝きを増しています。
「人生100年と考えれば、50歳はまさに第2の幕開け」
と言う三田さんのこれまで、そしてこれからについて伺いました。

 

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シャツ ¥36,000・パンツ ¥19,000/ ハウス オブ ロータス 二子玉川店(ハウス オブ ロータス)

 

三田寛子さん

Hiroko Mita

1966年生まれ。’81年に「2年B組仙八先生」でドラマデビュー。翌年、「駈けてきた処女」で歌手デビュー。’91年に歌舞伎俳優の中村橋之助さんと結婚。3人の男児を授かり、2016年秋、歌舞伎界初の親子4人の同時襲名を取り仕切る。4人を支えながら、テレビ、雑誌、トークイベントなどで活躍

 

 

 

 40歳からは、一年にひとつ
新しいことにチャレンジ

 

歌舞伎俳優の妻として、凜とした着物姿のイメージが強い三田寛子さんですが、「男の子3人の母ですから、普段、家では動きやすいカットソーとデニムスタイルが多いんですよ」と笑います。とはいえ、長男は一昨年に成人し、昨年は次男、三男もそろって襲名披露。一人前の歌舞伎俳優として歩きはじめました。
「30代はまさに子育てに全力投球でしたが、40代を迎えたとき、この先10年は、子離れに向けてのウォーミングアップの時期だと思ったんです。子どもに執着することなく私自身が楽しむために、何事も経験だと、一年にひとつは新しいことにチャレンジしてきました」

と三田さん。

 

 

プリザーブドフラワーやアロマテラピーの教室に通い、ハーブソムリエや心理カウンセラーの講座も修了。体を鍛えるためにスポーツジムに入り、ヨガやピラティスのレッスンにも通って、今では週3回のプールでのウォーキングも欠かしません。

 

 

「40代にいろんなことにチャレンジしたおかげで、自分がどんどん活性化。まるで体の中で石炭を燃やしているような感覚でしたね。その影響か、3~4年エステに行っていないにもかかわらず、肌の調子がとてもいいんです。唯一のケアといえば、乾燥と日焼け対策くらい。お風呂上がりや洗顔後、2分以内に化粧水をバシャバシャつけて、乾かないうちにオイルを1滴のばすだけ。そうすると、水がオイルと混ざってクリームのように満遍なく行き渡り、ぴたっと肌にふたをして整えてくれるんです」

 

 

これを三田さんは"2分間ルール"と呼んでいます。襲名披露の準備に追われていたこの1~2年は、アイドル時代を彷彿とさせる忙しさ。睡眠不足が続いたそうですが、このルールを守ったら、肌にはまったく影響がなかったといいます。

 

 

そんな襲名披露準備の最中、三田さんを襲ったのが夫のスキャンダルでした。歌舞伎座での襲名披露直後に迎えた銀婚式当日、一人になって自分自身をリセットするために旅に出たといいます。
「もともと一人旅はよくしていたのですが、結婚してからはそれもできなかったので(笑)。休養したいということもありましたし、一人になって、自分のこれまでたどってきた道も含めて、いろんなことを考えたいと思ったんです。自分の人生を考える時間って、ものすごく必要だと思いましたね。相手も見えてくるし、自分も見えてきますから」

 

 

次ページに続きます。

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