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年齢を重ねてから読む「評伝」の面白さに開眼!

山本圭子

山本圭子

出版社勤務を経て、ライターに。『MORE』『COSMOPOLITAN』『MAQUIA』でブックスコラムを担当したのち、現在『eclat』『青春と読書』などで書評や著者インタビューを手がける。

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白鳥は哀しからずや空の青
海のあをにも染まずただよふ

 

 

若山牧水のこの短歌をふと思い出したのは、今年の夏、海辺のプールサイドでぼんやり水平線を眺めていたときのことでした。

 

 

私が訪れたのは南の海だったので、背景が違う気もしましたが(個人的には何となく日本海っぽい!?)、それでも脳裏にこの歌が浮上したのは、多分うろ覚えではなく正確に覚えていたから。

 

 

その理由は「教科書に載っていたからでは?」と感じたのです。

 

 

教科書というものから縁がなくなって30年以上経ちますが、そこに載っていたことがある瞬間あざやかによみがえることに、ときどき驚かされます。決してマジメに勉強していたタイプではないのに!

 

 

たとえば、化学の元素記号。(というかその覚え方。「水平リーベ僕の船……」から始まるあれです)
ナポリ民謡「帰れソレントへ」の歌詞。
百人一首のいくつかや、「枕草紙」の一節。

 

 

半ば眠気に負けていた授業も多かったけれど、先生がそんな生徒のために(!?)粘り強く説明されたせいか、脳のどこかに知識の断片が残っているのでしょうね。

 

 

だから夏休みの旅を終えて日常に戻り、いつもの書店で歌人・俵万智さんの新刊『牧水の恋』を見つけたときは、ちょっとびっくり。
そして「牧水のあの短歌は覚えていたけれど、彼がどういう人だったかは全然知らない!」と思ったのです。

書評_photo

『牧水の恋』 俵万智 文藝春秋 ¥1700(税別) 若き日に歌人・若山牧水が恋した美しい人は、彼に喜びだけでなく苦悩をもたらした。彼女はなぜ煮え切らないのか。同じ家で下宿している彼女の従弟とも関係しているのでは? 牧水の心の動きを短歌から追った、歌人による評伝

 

 

 

若山牧水は「旅と酒の歌人」と言われますが、この評伝を読むと、彼の人生に若き日の恋が大きく影響していたことがわかります。
「あの苦しすぎる恋があったから、牧水は日常から離れようと旅をし、ときに溺れるほど酒を愛したのでは」と感じたほどです。

 

 

その恋の相手とは、小枝子という女性。明治39年、友人の恋を助けるために牧水が訪れた神戸のある家で出会い、のちに彼女が東京へやってきたことから交際が始まったようなのですが、どうも彼女の態度がはっきりしない。

 

 

21歳で早稲田大学の学生だった牧水は熱烈に恋焦がれ、心情をそのまま短歌に込めますが、俵さんの解説を読むと「牧水、空回りしてた?」という気もしてきたりして……。

 

 

実は小枝子は既婚者で故郷・広島にはふたりの子どももいた、という驚愕の事実が第二章(全部で十二章+エピローグ)で明かされ、俵さんは牧水がそれを知ったのはいつなのかを、彼の短歌や資料から丁寧に推理。そして小枝子の言動が、別れたあとまで牧水の短歌に反映されていることについても、検証していきます。

 

この評伝はある意味斬新で、若山牧水の短歌を彼の人生と呼応させながら読み解くだけでなく、俵さん自身と彼女の短歌にも呼応させていきます。
たとえば、こんなふうに。

 

 

“(高校)二年生のときに大失恋をした自分としては、(『若山牧水歌集』に)失恋の歌がえんえんと出てくるのも、よかった。「逃れゆく女を追へる大たはけわれぞと知りて眼眩むごとし」「山奥にひとり獣の死ぬるよりさびしからずや恋の終りは」といった歌には、心から共感したものだ。”

 

 

“また、牧水の歌には、髪の香を詠んだものが多くある。
(中略)
松透きて海見ゆる窓のまひる日にやすらに睡る人の髪吸ふ

 

 

(俵さんの歌集)「野球ゲーム」にも、君の香りの歌があった。牧水の歌同様、香りというものの官能的な性質に加え、そばにいるという実感を与えるものとして、香りが歌の中で機能している。

 

君の髪梳かしたブラシ使うとき香る男のにおい楽しも

 

 

短歌に限らず文学作品を読むとき、その作家の評伝を読んだり、人生まで知っておくというのは、言わば“もうひと手間”。「そこまでしなくても」と思うかもしれません。また、「作品の読み方に作家のイメージを重ねすぎるのはマイナス」という意見があるのも事実です。

 

 

ただ、あなたが「信頼できる」と感じている書き手(私は俵万智さんをそう思っています)が気になる作家の評伝を手がけていたら、「ぜひ読んでみて」と言いたい!

 

 

あなたと相性のいい評伝の書き手なら、きっと気になる作家の作品や背景を生々しく立ち上がらせ、それ以前の何倍も深く味わわせてくれると思います。

 

 

そんな私の実感に関係しているもう一冊の本が、夏休み直前に読んだ梯久美子さんの『原民喜 愛と死と孤独の肖像』。

 

 

梯さんも私が「信頼できる」と思い、新刊を楽しみにしているノンフィクション作家ですが、彼女が新書という読みやすいサイズにまとめた原民喜の評伝を、一気読みしてしまって。

書評_photo

『原民喜 死と愛と孤独の肖像』 梯久美子 岩波新書 ¥860(税別) 広島の裕福な家庭に生まれ、小学六年生から家庭内同人誌に作品を書いていた原。繊細すぎて文学を通してしか交友関係を築けなかった彼が、愛する妻に先立たれた後に被爆するという過酷な運命をどう生きたか。原が残した美しい詩にも注目したい

 

 

 

 

原民喜といえば、被爆体験を小説にした「夏の花」で有名ですが、この本には彼があまりにも繊細で生涯を通じて生活力がなかった、というエピソードが満載。

 

 

けれどもそんな性格はマイナスばかりではなく、彼の美質につながり、詩や童話、ひいては「夏の花」に生かされたというのです。
ひとことでいえば、驚きと感動の評伝でした。

 

 

「年齢を重ね、ある程度の人生経験をしてから読む評伝はものすごく面白い!」というのが、この2冊を読んだ私の率直な感想です。

 

 

小学生の読書の定番に、いわゆる“偉人の伝記”がありますが、それとは違う大人向けの評伝には、“偉人の伝記”には書かれていないその人の裏側や複雑としか言いようのない真実がある。

 

 

今の私たちには、それを受け止めるだけの度量と解釈力が備わっているような気がします。

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