東寺「仏像&立体曼荼羅」案内旅①東寺とは? 空海って何をした人?

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吉田さらささん

寺と神社の旅研究科。早稲田大学第一文学部美術史学科卒業。女性誌編集者を経て独立。寺、仏像、神社をテーマとした記事、単行本を執筆。『近江若狭の仏像(』JTBパブリッシング)など著書多数。 OurAgeおでかけ女史組で、寺社部長としても活躍

東京国立博物館の特別展『国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅』を観に行く前に、

寺と神社の旅研究家・吉田さらささんに教わっておきたい

 

東寺の「仏像&立体曼荼羅」の見どころ案内旅

 

 

3月26日~、京都・東寺の傑作仏像が東京国立博物館にやってきます。それを近くで鑑賞できるのが、5月に開催予定のMyAge/OurAgeの5周年記念イベントです。

5周年記念企画「黒田知永子さん×吉田さらささん スペシャルトークショー@東寺展」に150組300名様をご招待します!
イベント詳細や応募方法は、こちらへ。

 

そこで予習!寺と神社の旅研究科・吉田さらささんに、仏像や立体曼荼羅の意味や楽しみ方を教わりました。

 

 

 

平安京遷都以降に伝えられた密教

【東寺と真言宗】

東寺とは?  空海って何をした人?

 

奈良時代から平安時代へと大きく歴史が動く中、新しく都となった京都を守るために建てられた寺。中国で最新の仏教を学んだ空海がその寺を賜り、人々の心を束ねるための本拠地としました。

 

 

空海は真言密教を学び、

東寺を拠点として都に広めました

 

平安時代初期、空海は唐に渡り、当時最新の仏教であった真言密教を学んで日本に伝えました。都が京都に移り、さまざまなものが大きく変化する中、人々の心を束ねるために、それまでとは違う仏教が必要だったのです。 空海は嵯峨天皇より、東寺(教王護国寺)を賜って真言密教の本拠地に。東寺は平安遷都の際、西寺(現存せず)とともに鎮護国家の寺として建てられた京都の要でした。

 

空海が伝えた密教の特徴のひとつは、宇宙にはたくさんの仏さまがおり、その中心が大日如来、ほかのすべての仏さまも大日如来の化身であるという考え方です。宇宙に満ちる無数の仏さまは、曼荼羅という絵画で表現されています。曼荼羅は、どこにどんな仏さまが配置されているかを示したイラストマップのようなもの。金剛界と胎蔵界という2種類の曼荼羅があり、両界曼荼羅と呼ばれますが、 東寺には現存する最古の彩色された両界曼荼羅があり、今回の特別展でも見られます。世界にこれほど多くの仏さまがいると考えると、なんだか心強く、うれしくなってきます。

 

東寺五重塔。京都駅到着直前の新幹線の南窓からも見えます

 

京都駅に程近い広大な境内に、金堂、講堂など優れた仏像が並ぶお堂があります

 

 

 

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