トラディショナルでいて革新的―――銀座を表現するとき、相反する2つの言葉がしっくりときます。正統派だけじゃつまらない。でも、革新的過ぎると落ち着かない。そんなOurAge世代の微妙な按配を、最近の銀座はきちんと察してくれているかのようです。
2020年に向けて進化を続ける銀座の『食』文化について、前回ご紹介した「FARO」を擁する資生堂パーラーの鈴木真社長にうかがいました。
「世界中さまざまな街に美味しいものがたくさんあって、そこには固有の食文化があります。過去、私たちが取り組んできたことは、美味しいものや食文化を海外から持ってきて紹介することでした。しかし、時代は変わりました。気軽に海外を訪ねられるし、有名シェフも大勢日本にいらしています。であるなら、いま私たちが取り組むべきは、海外の優れた食文化に〝日本〟や〝東京〟という価値を組み合わせていくこと。それが次なる時代に向けての日本や東京の食文化となり、オリジナルになっていくと思います。
最近の日本を見ていると、東京ほど、世界中の料理を美味しく、かつ安価で愉しめる街は世界中探しても見つけられないのではと思うのです。東京のレストランシーンは、とても充実しており、そのど真ん中にある〝銀座〟であれば、なおさら。ユネスコ無形文化遺産に認定された正統派の和食はもちろん、いわゆる洋食を東京テイストに進化させていく方向性においても、銀座のレストランははずせません。
私たちのブランドで言えば、〝美しい生活文化を創造していく〟という資生堂の理念を食という窓から体現しています。ただ美味しいだけではない、内側から美しくなる料理がテーマ。世界中の人々から、東京・銀座に行けば、笑顔で元気になれる、そしてからだが喜ぶ美味しい料理を食べられる、と称されるレストランを目指しています」
色とりどり、バラエティ豊かな東京の食シーン。私たちがレストランを選ぶとき、どの街のレストランを選ぶかが大切な要素のひとつになります。たとえば、恵比寿や白金、麻布なら「こじんまりとしたコージーな美味しいお店が多そう」とか、六本木や青山なら「新しい感度の高いお店に出合えそう」とか。
「銀座はクラシカルですが、イノベーティブを受け入れる余裕がある、新しいだけではない面白さがある大人の街だと思います。加えて〝一流〟のサービスが受けられるのも特徴。ファッションで言う着心地と同じで、レストランにとって居心地の良さはとても大事です。緊張して背筋を伸ばす店にはその良さがありますが、一方で親しみある空間でリラックスして本物を味わっていただくことができるのも銀座の魅力。レストランはお客さまと時間を共有する場所。旅やコンサートと同じで、2時間から2時間半で〝美味しくて楽しかった〟以上の心に響く思い出を提供したい、そういうレストランでありたいと考えています」
いわゆる洋食に東京という価値を組み合わせて、新しい食文化を創造する――そうした想いに銀座という街の誇りを加えて、いくつものレストランが挑戦を続ける中、この10月に資生堂パーラー運営の『FARO』が新しい価値を携えてオープンしたことは前記事でご紹介しました。東京から発信するガストロノミーです。
「エグゼクティブシェフに能田耕太郎(写真中央)を迎えて、未知なる銀座の食文化を提案したいと考えています」
ご存知の方も多いかもしれません。能田シェフはローマで自身が共同経営する『bistro64』をミシュラン一つ星に導き、2017年には『テイスト・ザ・ワールド(アブダビ)』の最終コンペティションにローマ代表として出場し優勝。世界が認める若きスターシェフです。鈴木社長は彼の仕事の取り組みにハッとさせられたと言います。
「能田が取り組むのはチームで創作する料理。旧くから日本にある徒弟の関係ではなく、それぞれの役割をそれぞれが正しく果たすことでいい仕事が出来ると考えています。彼が最初にチーム全員に出した宿題は〝それぞれの生まれ故郷に行って食材や文化を探して来い〟ということ。実際、スタッフが探し出した食材や文化がメニューに反映されています」
能田シェフの要望で厨房はスクエアに改良され、上下関係のないスタッフはイキイキと働いていると言います。加えて、店休も週2日としスタッフは休みもきちんと取る、ワークライフバランスを大事にする、など、飲食店にイメージされがちな3Kを排除。内側の話になりましたが、考えてみれば、作り手たちが健康で、伸びやかで、いつも笑顔のある自由な厨房から生まれる料理でなければ、本当に美味しい料理は生まれない気もします。
そうした意味でも、東京には新しい風が吹き始めているのかもしれません。
FARO(ファロ)
東京都中央区銀座8‐8‐3 東京銀座資生堂ビル10階
0120(862)150/03(3572)3911
ランチ12時~13時30分(ラストオーダー)/ディナー16時~20時30分(ラストオーダー)
休/日曜・祝日・夏季(8月中旬)・年末年始
※2019年1月より月曜も定休
取材・文/池野佐知子