今回のテーマは、着物警察についてだ。
すでにご存知の方も多いと思うが、これは、着物姿の人に「着付けがオカシイ」「着物と帯が合っていない」「帯の結びがズレている」「着物の趣味が悪い」など、上から目線でダメ出しをする人々のこと。ドキドキしながら着物を着て出かける着物初心者にとって、天敵といってもいい存在だ。
でも私はきっと、取り締まりの対象外なのだろうなぁ……と思うのは、自分の着物姿に自信があるわけではなく、私が中年女だからだ。
着物警察の多くは、私と同世代かそれ以上の自称着物歴が長い女性たち(信じ難いがたまに男性もいるという!)で、ターゲットは素直で大人しそうな若い女子たちだ。これは同世代として、恥ずかしいことこのうえない。
しかし、驚いたのは、この話題になると本音優先のインターネット上でさえ、若者世代と思われる人々から「親切のつもりで言ってくれているんだと思います」「きっと悪気はないんですよ」などのコメントが浮上することだ。
おそらくこれは、着物警察が自分たちの知らないことを教えてくれることもある、と認識されているからなのだろう。
【着付けルールに王道はあるのか?】
だけど、着物警察のいうことは、そもそも正しいのだろうか?
着物警察がもれなく推奨する王道の着付けルールとか、メインストリームとなる流派があるとしたら、ひとつの正解と考えてもいいのかもしれない。そうなると取り締まりの標的になりやすい人がいるのは、なんとなく理解もできる。
でも洋服の場合は「こんな服、あり得ない!」と思っても、わざわざ相手に言ったりしない。それが着物になると、なぜそんな非常識なことが容認されるのかも謎だ。
着物警察の撃退法について教えてくれる人、どこかにいないだろうか? 着物の知識が豊富で、被害者側の心理や状況を理解できるという意味でも、なるべく若い人がいい。浮かんだのは、Youtubeのなかの人だった。
着物着付け講師のすなおさんは京都在住で1990年生まれ、大学時代の2012年に全日本きもの装いコンテスト関西大会優勝、翌年は同世界大会準優勝。動画サイトから着物の知識や着付けの方法やコツを発信している、フォロワー八万人越えの人気”着物ユーチューバー”だ。
「着付けの方法は、教室によって違います。本来なら“正しい着付け”なんてないはずなんです」
すなおさんは、現代ほど着物をキチキチ着ている時代はない、と指摘する。
「着物が疎遠になってしまったから、わかりやすくするために『襦袢の衿は何センチ出す』という説明が必要になります。それによって、なおさら正解を求めるようになるのかもしれません。着方の流行やルールが、時代によって変わっていくのはあたりまえのことです」
たとえばそれは、昭和三十四年の皇太子殿下ご成婚当時の美智子様の着物姿からも知ることができるという。
「当時の写真を見ると、おはしょりや帯揚げの処理などが、今よりもずっと大らかだったことがわかります」
ネット検索してみると、なるほど現在の上皇后美智子様の装いとはかなり違う。おはしょりは帯と水平ではなく、幅も着物によってまちまちで、なかにはシワがよっているように見えるものもある。
当時、史上初の民間出身プリンセスの誕生に日本中が湧いたというが、バッシングも相当なものだったと聞く。しかし、着物の着方に関して批判的な声はあがらなかった。なぜなら当時、「シワのない着付け」は求められていなかったから、とすなおさんは説明する。
「直線裁断、直線縫いという着物の構造上、基本的におはしょりは斜めになりますが、昔はこれが“船底型”と言ってあたりまえでした」
それが今では、①帯とおはしょりは水平、②長さは帯下五~八センチ前後、③シワひとつないこと、が理想的といわれている。つまり着物の構造を無視しているわけで、これを目標にすれば独特なテクニックが必要になる。それを教えるようになったのが、ご成婚ブームの後に増えていった着付け教室なのだ。
「着物の歴史全体から見れば、おはしょりだって最近のものです。江戸時代初期までは対丈(ついたけ)という、おはしょりを作らない着方をしていたんです」
【着物警察撃退の秘策とは?】
着付けに関して、本当は正解なんかどこにもないのに、正解を求め続けてしまうのって、いかにも日本人的だなぁと思う。
「SNSでも、正解は何ですかという質問がとても多いです。どんなに『気にしなくていいんですよ』と言っても、正解を訊かれます。インターネットで海外のファッションをいつでも見られて、美意識もいろいろの時代、試験を受けるわけでもなくただ着物を楽しみたいだけなのに、『こうでなければならない!』とがんじがらめになってしまう。そんな堅苦しさを取っ払ってしまいたいと思っています」
すなおさんに、着物警察撃退の秘策について訊いてみた。
「洋服と同じで、フォーマルシーンや誰かが主役のとき以外は何を着ても自由。不躾に意見されると悲しい気持ちになりますが、『おおきに』とサラッとかわして楽しんじゃいましょう!」
基本はメンタルを強く保つこと。たしかに着物警察と喧嘩しても、時間と労力を無駄にするだけなので、無視するのが一番だ。しかし、相手の一撃を心のなかで返り打つための武器(罵倒語)のひとつくらいは忍ばせておきたい。
キメセリフがあれば、さらに心強いと思うのだけれど……?
「そんなもの、最近できたルールやで!ですね」
伝統だ、歴史だ、といっても着物警察の取り締まりポイントは所詮戦後ルールなのだ。
(つづく)
イラスト/田尻真弓