働く/働かない、産む/産まない、etc. 女はさまざまに分断される。そう、「母乳」でも…。
2012年に『金江のおばさん』で、「女による女のためのR-18文学賞」を受賞して40代で文壇にデビューした、OurAge世代の小説家、深沢潮さん。以来、現代女性のさまざまな問題や悩みを小説に描いてきました。
そんな彼女が最新作『乳房のくにで』では、斬新な切り口で女性の生き方を問うています。
それは「母乳」。
「数年前たまたま、娘に授乳している自分の写真を見たんです。今は彼女も成人ですが、昼も夜もなくおっぱい(授乳)にふりまわされ、へとへとだったその頃を思い出したとき、ふと『春日局』が頭に浮かびました。
春日局は将軍・家光の乳母になって大奥を仕切り、権勢をふるった女性。“彼女みたいにおっぱいの力で国を牛耳る人を現代で書けたら”と考えたんです。実際にはそれとは違う話になったのですが…。」
深沢潮(ふかざわ うしお)さん 東京都生まれ。2012年に第11回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。受賞作の「金江のおばさん」を含む『ハンサラン 愛する人びと』(新潮社)(文庫版は『縁を結うひと』に改題)でデビュー。『足りないくらし』(徳間文庫)、『海を抱いて月に眠る』(文芸春秋)、『かけらのかたち』(新潮社)など著書多数
この本にはふたりの主人公が登場します。「福美」は、子どもの父親に逃げられひとりで出産したものの、仕事もなく実家にも頼れず困窮。でも彼女は母乳だけはありあまるほど出るのです。
もうひとりの「奈江」は広告代理店の総合職で、実家も義実家も裕福という恵まれた環境にいます。でも彼女は産後に母乳が出ないことで義母・千代に責められていました。
あるきっかけから、福美は奈江の家――政治家一家の徳田家から乳母として指名されますが、実は福美と奈江は小学校の同級生。福美は自分をいじめていた奈江のことを覚えていたけれど、奈江は覚えていません。しかも奈江の夫・秀人は、かつて福美を助けてくれたあこがれの人。ことさらに福美を引き立て、孫を奈江から引き離そうとする姑・千代のもと、ふたりの女性の運命が絡まりあって行きます……。
「母乳」をめぐり、「家族」をめぐる、いびつでたくらみに満ちた女同士の関係がスリリング! ページをめくる手が止まらない意欲作です。
『乳房のくにで』深沢潮 双葉社 ¥1600(税別)
21世紀を迎える区切りの年、2000年を目前にしたころ、生活に困窮していた福美は、母親くらいの年齢の女性からデパートで声をかけられる。彼女はベビー休憩室であふれるほど母乳が出る福美を見てスカウトしてきたのだった。やがて、とても裕福な家から乳母(ナニィ)として指名された福美だが、実はその家とは深い因縁があった。女性とは、家族とは、そして…、と考えずにはいられない長編小説
自分が我慢を強いられた代わりに別の人を責める「きちんとできない人」という決めつけ。その不毛さを可視化したい
「赤ちゃんにとって母乳やミルクは命綱だから、出産直後の女性はそれらに支配されているように感じることがありがちですよね。同じ女性同士、母親同士でも、苦労しなくても母乳が出る人 VS. 頑張っても出ない人、で微妙な葛藤があり、分断が生まれたりもしがちです。今の世の中にはいろいろなレイヤー(階層)があり、対立もあるけれど、女性同士のそれを描くのに母乳はいいテーマかも、と思いました」
もうひとつ、深沢さんには考えたことがありました。
「日本は一般的に“きちんとできない人“みたいな決めつけがよくされて、決めつけられた人への処罰感情も強いけれど、母乳をめぐる分断にもそれが言える、ということです。
たとえば世の中には毎日会社や学校に行くのがつらい人もいれば、おっぱいが出にくい人もいる。どちらも当人にしてみれば『無理』なこと。なのに、そういう人たちに“ちゃんとしていないからダメ” “がんばりが足りない”と言うことがしばしば起きています。ただ、そう決めつける人も内心、自分も辛かったのにがんばって”ちゃんと“してきたんだ、という思いがあるんじゃないかと思ったんですね。
”だからあなたもそうすべき”と人に同じ辛さを求める。それを可視化したかった。
ただ最近は、“自分がされてイヤだったことは他の人にしない”という人も増えているので、そこはちょっと希望が持てますけどね」
ちなみに深沢さん自身はふたりのお子さんを母乳で育てたそうですが、母乳で育てることには長所も短所もあったと振り返ります。
「母乳だといちいちミルクを作らなくてすむし、夜中の授乳も楽。とはいえ、母乳をあげられるのは母親だけで、夫婦の間で子育ての負担が偏る。どちらがいいということはないですよね。だけど、日本人は『おっぱい』が好きというか(笑)、母乳を神聖視する人が多いようです。
個人が好むのは自由ですが、問題なのは、そういう人の一部が母乳に母性や女らしさ、スピリチュアルなものなどいろんな意味を付加していること。それらを私はもはや、今流行りの言葉で言う『呪い』だと思っています(笑)。ただこれは意外に根強くて、世間全体の意識から完全にぬぐい去るのは難しいかもしれません。
息子の光におっぱいをあげる福美を見て息子を奪われるように感じる奈江の気持ちや、そんな奈江に優越感を感じておっぱいにアイデンティティーを持つ福美の気持ちを多くの人が理解できるのも、そういう現状があるからだと思うんです」
この国を動かしているのは、強烈な姑の「千代」みたいな人!?
福美と奈江の感情のもつれに息を飲む本作ですが、それに拍車をかけたのは、奈江を「嫁失格」と決めつけた、姑の千代。
政治家一家の徳田家を取り仕切る彼女は、それまでバリバリと働いてきた奈江に言います。
「徳田家の『跡継ぎ』を産むのは、あなた(奈江)がしている仕事とはくらべものにならないほど大事なことなのよ。徳田家は、この国を動かしていく家なんだから」。
奈江との関係が微妙とはいえ、千代の味方というわけでもなかった福美ですが、弱みを握られ、「あの嫁を追い出したいの。協力してくれない?」と持ち掛けられて……。
「居丈高な千代に反発を覚えながらも、
『我慢したほうが楽かも。ひとりで産んだ娘と生きていくためにもお金が必要だし』
と考える福美は、やりがいを利用されて搾取されるブラック企業の社員と同じ。“この子がかわいそう”と千代に言われると情に流されるんです。」
「~家」「嫁」「跡継ぎ」などという考えはよほどの家柄のことで、一般の私たちには関係ないこと、とは思ってしまいますが、こういう意識は意外と、普通の日本社会にも影響を及ぼしている、と深沢さんは指摘します。
「千代ほど凝り固まった考え方の人は今どきあまりいないとは思いますが、政治や社会を動かしている人たちの中にまだまだそういう人たちが多いのが問題ですね。
若い世代の多くが望んでいる選択的夫婦別姓が、老齢の政治家の反対で遠のく、といったことが現実に起きているのを見ていると、日本の中枢はまだまだ古~い世界の中に存在しているのかも、と思えてきてしまいます」
確かに! インタビュー後編では、深沢さんが考える、女性が「生きにくさを乗り越えるヒント」をうかがいます。
取材・文/山本圭子、撮影(人物)/山下みどり