被害は年齢・性別関係なし。
顔見知りが加害者のことも
国内外で被災地支援活動をしてきた辻直美さんは、多くの現場で性被害の訴えを聞いてきました。
「ある被災地では、80歳くらいの女性が5人もの男性に襲われる事件がありました。最初は耳を疑いましたが、実際にデリケートゾーンに裂傷を負わされて診察と治療を受けているのを目にして、これは現実だと」
ほかにも42歳男性や5歳幼女、中学生男子の被害報告も。
「ちょうど子どもと大人の中間である中学生の男の子の被害が、想像以上に多いことに驚きました。『母親や姉妹などに危害を加えられたくなければ、自分の身を差し出せ』と脅されて、中学生や中年男性が家族を護るために、というパターンが多いようです。
性被害というと若い女性こそ気をつけるべきというイメージがありますが、実際には年齢も性別も関係ない。誰もが被害者になり得るのだと感じました」
加害者は全然知らない人である場合もありますが、顔見知りの場合も多い。
「特に避難所での性被害は、加害者が顔見知りや近所の人であるケースが多いと聞きます。
平時であっても性被害は訴えにくいものです。災害時だと加害者とは“被災者同士”かつご近所の人ということで、さらに声を上げにくい状況があるようです」
髪は下ろさず中性的な色の服に。
昼夜を問わず集団で行動を
性被害が起きやすいのは、避難生活が長引いて人々のストレスが大きくなってきたとき、と辻さん。
「性暴力は犯罪であり、被害を受ける側は何も悪くありません。その大前提のうえで、被災時は特に被害に遭わないように意識した服装を心がけることが大事です。
例えば、髪の毛が長い人は垂らしておかないでまとめておく。帽子に入れ込んでしまうのも手です。
服はモノトーンなど中性的な色柄もので、できるだけ体のラインを目立たせないものがベター。動きやすさも兼ねて、スカートよりはパンツスタイルがおすすめです。
また、香水など甘い香りを振りまくことにも注意が必要です。
ジェンダー的な観点からすると『女性らしい』という言い方はNGかもしれませんが、実際にはそうしたイメージを喚起させるものによって、被害に遭いやすくなる可能性は上がってしまうのです」
防犯上の観点から「避難所生活の際は男性用ショーツをダミーで干しておく」といった話も耳にしますが、辻さんはすすめないそう。
「怖い言い方になりますが、加害者は“ターゲット”になり得る人をよく観察しています。
例えば女性だけの所帯で1~2枚の男性用ショーツを干していても、いつも同じものが干してあれば『ダミーだな』と簡単に見破られてしまいます。また前述したように被害を受けるのは若い女性に限りません。
むしろ、下着類は男性用・女性用にかかわらず、人目につかない場所に干すことを徹底するほうが大切です」
性被害から身を護るために
持つべきものは「ヘッドライト」と「防災笛」
防犯上の観点から、持っておくといいもののひとつはヘッドライト。
「懐中電灯など手に持つライトだと、いざというときに取り落としたりしやすいので、頭につけられて両手が空くヘッドライトがベストです」
そしてもうひとつは防災笛や防犯ブザー。
「防災笛は、例えばがれきの下に入ってしまったりどこかに閉じ込められたときにも使えるので、ぜひ普段から持ち歩いてほしい。
けれど中に球が入っているホイッスルタイプは吹く際に肺活量が必要ですし、交通整理の警笛と区別がつきにくいことも。
比較的少ない呼気で鋭く通る音が出る、いわゆる『防災笛』という名前で売られているもののほうがベターです」
一人で行動しないこともとても大事だそう。
「子どもに『一人でトイレに行ってはダメだよ』と言い聞かせる親御さんは多いと思いますが、災害時は大人も一人で行動するのは絶対に避けて。
一人よりは二人、二人よりは三人。できるだけ集団で行動するようにしましょう。それは夜だけではなく昼間も同じです。
トイレなどに行く際は、周囲の人に『行ってくる』と声をかけておくのもいいですね。
また、意外なようですが『女性から性被害にあった』という男性の訴えを耳にすることも。
自分も被害を起こす側になり得る、という視点を持つことも必要です。
おおげさな、と感じる人もいるかもしれませんが、『普段なんでもない人の心理が変わってしまうのが災害時だ』ということを心にとめておいてほしいです」
【教えていただいた方】
一般社団法人育母塾代表理事。1991年、看護師免許取得。1993年「国境なき医師団」の活動で上海に赴任。帰国後、阪神・淡路大震災で実家が全壊したのを機に災害医療に目覚める。以降、国際緊急援助隊医療チーム(JMTDR)において国内外の被災地で活動。現在はフリーランスのナースとして講演、防災教育、被災地支援活動を行う。『レスキューナースが教えるプチプラ防災』(扶桑社)ほか、防災関連の著書多数。
イラスト/ミヤウチミホ 取材・文/遊佐信子