気持ちよく暮らす「生活のしきたり」
季節の行事のすごし方や、親戚・ご近所とのおつきあい。恥ずかしくなく普通に暮らすため、カジュアルな決まり事を覚えましょう!
ここでは、各テーマごとに全部で84の「しきたり」をご紹介します。
教えてくださるのは、生活研究家の阿部絢子さんです。
このパート【上手なおつきあいのための「心得」】では、心地よいつきあいに関するしきたり44~61をご紹介します。
今回は、しきたり53:家族・親戚づきあいはなによりも話し合いが大切、についてです。
●上手なおつきあいのための「心得」●
家族、友人、恋人、親戚、子ども同士、仕事など、人と人とのコミュニケーション=つきあいほど難しいことはありません。電車の中で肩が触れた、触れないの言い争いから喧嘩となり、重傷を負ってしまった、近所のピアノの音がうるさいと、近所づきあいが疎遠になってしまったなど、つきあいはときとして争い事にもなり、そのために人を傷つけてしまうことだって起こりかねません。
我慢すべきときは我慢、言うべきときは言う、そして、かかわりのないときにはかかわらない、といったように、つきあいにはほどよい距離感を保つことが欠かせません。すべて自分の価値観と同じと思うのではなく、人には人の考え、思い、思惑などがあり、無理してつきあっても決してうまくいくとは限らないのです。
つきあいをうまくするには、まず自分の性格、家族の性質などを十分に把握して、欠点をわきまえておくことが大切です。それがわかれば無理することがなく、背伸びすることもない、身の丈に合った、心地よいつきあいができるに違いありません。
しきたり53
家族・親戚づきあいはなによりも話し合いが大切
つきあいが最も深いといえば、それは家族や親族との間です。親子、兄弟、孫、叔父叔母、従兄弟などを含め、血のつながっている親族のつきあいが一番親しく、しかも大変かもしれません。
特に、世代が違えば、環境、暮らし、教育、社会状況なども違っていますので、つきあいの考え方も当然違っているはずです。その違いを超えて、親族のつきあいをしなければならないのですから、血がつながっているというだけで、世代間の親族づきあいは大変、くたびれる、ひと筋縄ではいかないのかもしれません。先日、田舎で両親と一緒に暮らしている結婚適齢期の女性に出会いました。彼女はここ一カ月都会の友人宅で過ごしていたのですが、なぜ都会に出てきたのかを聞けば、田舎の家族・親戚とのつきあいに悩んでいるというのです。その悩みとは結婚についてうるさく言われること。年齢だからと両親・親戚が揃って、いろいろと注文をつけるのだそう。それをかわすのに耐えきれなくなり、脱走をしたと言っていました。
家族は、子どもかわいさのため、なんとか身を固めてほしいと願うのは、いつの時代でも同じです。それは願いですから、止めようと思っても止めることなどできません。親がついていながら、放っておいて大変なことになったらどうしよう、世間に顔向けができない、親戚の恥だ、といった気持ちが働くからではないのでしょうか。といって、願っていても、こればかりは縁のこと。やいやい言ってそのようになるのだったら、誰も苦労などしていません。つきあいで難しいのが、新生活をともにする、一生つきあう相手が見つかるかどうか。それは適齢期だから見つけられるというわけではなく、また見つかったとしても一生続くかどうかもわからないのです。
これらのことをきちんと両親・親戚に理解してもらい、話し合いができないのが情けないところです。それこそ適齢期といえば、いっぱしの大人の女や男。自分は自立した人間であり、結婚とは縁であるから年齢などでできるはずもない、いましっかりとした道を歩んでいるので、いずれ時がくれば必ずや結婚できる、などの説明を両親にできなければならないはず。それを脱走するなど、とても家族・親戚とのつきあいをしているとはいえないのです。
それには、話し合いが大切です。特に、時代とともに人びとの考え方もさまざまになってきていますので、自分の考えを話す、これが家族・親戚とのつきあいの初めではないか、と思います。話し合えば、理解し合えることも多いし、また人の考えがよくわかることになります。話し合いこそが大切で十分話をする、そのためには、自分の考えをまとめることが必要と、彼女には話しました。
また、ドイツのことで申し訳ないのですが、ドイツ人は誰とでもよく話しをします。政治のこと、地域のこと、身体のこと、市政のことなど自分の意見を話し、また人の話しもよく聞きます。こうした話しをする姿勢が、私たちには少ないのかもしれません。つきあうために、話し合いは大事です。おおいに話しをしようではありませんか。
次回は、しきたり54:親しい人への弔問は、余裕があれば喪服で通夜に参列する、についてご紹介します。