変異株の勢いが増している新型コロナ。変貌していくウイルスと聞きますが、そもそもウイルスに何が起きているのでしょうか? ハーバード&ソルボンヌ大学医学部客員教授・根来秀行さんに、連載担当のぐうたらライター・いしまるこがインタビューします。
(記事の内容は2021年9月12日時点の情報に基づきます)
続々報告される変異株。感染力は従来の1200倍!?
いし 「変異株」って語感からして得体が知れない感じ。そもそも変異って何が起きているの?
根来 変異とは、ウイルスの設計図である遺伝子情報が変化することです。どんなウイルスも種を存続させるために、常に遺伝子の変異を繰り返していて、絶えず変わり続けているんですよ。
いし 新型コロナの遺伝子「RNA」は変異しやすいんですよね?
根来 ハイ。ウイルスは細胞膜にある受容体の手引きで細胞内に侵入し、細胞内の栄養素を使って遺伝子のコピーを大量に作り出しますが、RNAの場合、このコピーの精度が低いため、遺伝子のコピーミスが起きてしまう。これが変異ウイルスの正体です。
いし ヒトの細胞の「DNA」遺伝子は変異しにくいのに、一体何が違うのですか?
根来 DNAは2本の鎖が絡み合うようにしてできています。だから、片方の鎖の塩基が消失しても、もう片方の鎖の塩基配列を見本にして修復できる。
ところがRNAは1本鎖で、塩基配列が変わると手本がないため、修正されないまま変異ウイルスになりやすいんです。新型コロナのRNA遺伝子は、約3万個の塩基でできていますが、2週間に1個の割合で入れ替わっています。
いし 早っ!
根来 新型コロナの変異速度は、RNAウイルスの中ではゆっくりなほうなんですよ。同じRNAウイルスのインフルエンザと比べると、約半分のスピードです。
いし でも日本でも変異ウイルスが急速に広がりましたよ。あっという間に従来型から英国由来のアルファ株に置き換わりが進みましたね。
根来 ウイルス表面にある突起「スパイクたんぱく質」で変異が起きていて、細胞の受容体とくっつきやすくなっているんです。中でも「N501Y」という変異は感染力が従来の約1.5倍高く、病原性が強くなる可能性も。
加えて南アフリカ由来のベータ株やブラジル由来のガンマ株では、ワクチンによって得られた免疫を回避する可能性のある「E484K」変異も起き、「二重変異株」とも呼ばれています。
いし そして今は、インド由来のデルタ株が席巻しています。
根来 デルタ株はスパイクたんぱく質の遺伝子に「L452R」「P681R」などの変異があり、ウイルスの量が多くて、アルファ株よりも1.5倍感染力が高まっているとされています。
中国の研究では、デルタ株に感染した人では体内のウイルスの量が従来のウイルスなどと比べて1200倍多かったという報告があり、感染力の強さとの関連が指摘されています。
いし 1200倍!?
根来 他にもラムダ株とか、ミュー株とか、すでに日本にもさまざまな変異株が入っていますし、日本型の感染力が高い変異株が出てくる可能性も十分あります。
いまだに勘違いが多いワクチンの有効率の意味
いし 打開策として、最も期待されているのがワクチンですね。
根来 これまでのワクチンは病原体(抗原)の毒性を弱めたり、失わせたりした人工製剤。ワクチンを体に入れると、免疫細胞がその病原体に対抗する武器(抗体)の作り方を覚えて、感染を抑える力「免疫」がつく仕組みです。
新型コロナのワクチンには、遺伝子の一部を主成分にする新技術を用いたワクチンが、開発着手から承認まで1年未満という速さで認可されました。
いし 通常、5〜10年はかかりますもんね。
主な新型コロナワクチン
mRNAワクチン
◆おもなメーカー/米ファイザー、米モデルナ
新型コロナで初めて実用化された、人工的にウイルスの遺伝子の一部を合成したワクチン。スパイクたんぱく質の遺伝子のコピー(mRNA)を脂質で包んだ製剤。投与するとスパイクたんぱく質が作られ、スパイクタンパク質に対する免疫が誘導され抗体が作られます。
ウイルスベクターワクチン
◆おもなメーカー/英アストラゼネカ、米J&J
スパイクたんぱく質の遺伝子を無毒化したチンパンジー由来の風邪(アデノ)ウイルスに搭載したワクチン。投与したウイルスが細胞に感染してスパイクたんぱく質を作り出し、免疫反応を促し抗体を作らせます。ベクターは運び屋の意。
いし 昨年11月には、「有効率9割超」と突然中間解析が発表され、ファイザー株が急騰。その数日後には「有効率95%」と最終解析が発表され、世界中が色めき立ちましたね。
根来 モデルナは94.5%、アストラゼネカは70%で、有効率ではファイザーが一番優れているようにも見えますが、治験の対象者や条件が異なっているため、一概にそうとは言えません。インフルエンザワクチンの有効率は約60%なので、いずれも高い有効率です。
いし 「100人にワクチンを打ったら95人に効果がある」と思いがちですが、違うんですよね?
根来 残念ながら。今でもその誤解は根強いようですが、ワクチンの有効率とは、「ワクチンを打たなかった場合の発症者数を100として、その人たちがワクチンを打っていたらどのくらい発症者数が減るか」を示す仮定の数字です。
新型コロナに感染しても発症しない人が多く、「有効」とされる中には無症状の感染者も含まれている可能性があります。
いし 感染しているかどうかのデータではないんですね。
根来 ワクチンに期待できる効果は発症の予防と重症化の予防と言われています。感染予防の実証は困難ですが、効果を認めるデータも少しずつ集まっています。ただ予防効果の持続性については、半年以内に弱まるという報告が出ています。
いし 気になるワクチンの効果と副反応についてのお話は次回に続きます!
ワクチン有効率95%って?
有効率=(1-接種者の発症率÷非接種者の発症率)×100
発症率は、比較する各群の全体数で発症した人数を割ります。治験のように2群の人数を同数に設定する場合、発症率を計算する分母の値は同じになるので、発症率を計算しなくても発症した人数を式に当てはめるだけでOK。
ファイザーのワクチンの場合、臨床試験に参加した約4万3000人を接種群と非接種群の2つに均等分けたと仮定して、接種して発症した人が8人、接種しないで発症した人が162人なので、(1-8÷162)×100≒95.06で、有効率が約95%となります。
根来秀行さん
Hideyuki Negoro
1967年生まれ。医師、医学博士。ハーバード大学医学部客員教授(Harvard PKD Center Collaborator, Visiting Professor)、ソルボンヌ大学医学部客員教授、奈良県立医科大学医学部客員教授、信州大学特任教授、事業構想大学院大学理事・教授。専門は内科学、腎臓病学、抗加齢医学、睡眠医学など多岐にわたり、世界の最先端で臨床・研究・医学教育にあたる。この連載から生まれた『ハーバード&パリ大学 根来教授の特別授業「毛細血管」は増やすが勝ち!』(集英社)は版を重ね、台湾・韓国でも翻訳されて好評発売中!
いしまるこ
コロナ禍でもマイペースなぐうたらライター。「呆れるほど変わらないよね」って褒め言葉?
撮影/角守裕二 イラスト/浅生ハルミン 取材・原文/石丸久美子