松長潤慶さん
Junkei Matsunaga
高野山大学副学長・密教学科教授。空海や真言密教の教えを通じ、人生を幸せにするための考え方や哲学を説くかたわら、国内外で密教文化を精力的に研究。専門は密教図像学。東京大学先端科学技術研究センター主催の科学文化学術会議「高野山会議」にも尽力するなど多方面で活躍
瞑想で脳のネットワークバランスが整えば煩悩も消える!
いし 奈良でやっている「空海 KUKAI — 密教のルーツとマンダラ世界」展 <奈良国立博物館にて6月9日(日)まで開催>、盛況ですね!
「かつてない空海展」と大評判です。実は松長先生は企画の段階から深く関わっていらっしゃるんですよね?
松長 そうですね。今回の展覧会の目玉のひとつ、インドネシアのガンジュクから出土された10世紀の金剛界曼荼羅ブロンズ彫像群の立体的な展示は、私の専門領域で企画の段階から携わっています。日本の密教のルーツになる展示で、日本初公開なんですよ。
いし わー、立体曼荼羅なんて貴重な展示ですねえ。曼荼羅って平面のイメージしかありませんでした。ところで、インドネシアってイスラム教が大多数だと聞きますが、かつては密教も盛んだったんですか?
松長 密教は陸路でインドから中国に伝達されたと考えられてきましたが、実はスリランカ、インドネシアなど東南アジアの海路からも伝達されたことがわかってきています。残念ながら東南アジアの密教は宗教的には衰退しましたが、貴重な遺品や遺跡はいっぱい残っていて、瞑想は今でも盛んです。インドネシアのバリ島は「瞑想の聖地」とも呼ばれていて、世界中から瞑想やヨガをするためにたくさんの人が訪れています。
いし 世界的に瞑想が求められているんですねえ。バリの瞑想ってどんな感じですか?
松長 バリで行われている瞑想は「赤ちゃんに戻る瞑想」なんですよ。ストレスのもとになる煩悩は自我の芽生えとともに育つ論理的な脳から生まれるので、瞑想で赤ちゃんのような原始的な脳に帰ってリセットするんです。現世は相当ストレスフルですから、みなさん本能的に瞑想を求めているのかも。
根来 まさに原点に戻るということですね。大脳には人類の進化の過程で発達してきた論理的な新皮質とそれ以前からある本能的な古皮質がありますが、現代人は新皮質ばかりを使いすぎて、脳のネットワークバランスが乱れがちです。自己のとらわれにかかわる前頭前野などから構成される脳のデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)は、ボーッとしているときもアイドリング状態で、活動時の20倍ものエネルギーを消費します。何もしないのに疲れる人が多いのは、DMNの過活動が考えられます。
いし ドキッ。
(左)ハーバード大学、ソルボンヌ大学医学部客員教授で、昨年高野山大学客員教授にも着任した根来秀行さん。(右)高野山大学副学長・密教学科教授の松長潤慶さん。
根来 でも瞑想すれば、DMNの活動が抑えられ、脳を休ませることができるんですよ。記憶を司る海馬への負担を減らし、ひらめきと集中の脳波といわれるθ(シータ)波が出やすいこともわかっています。
松長 私には、瞑想が新しい脳をニュートラルにして、原始的な脳の潜在意識に働きかけているように思えます。実際、バリや高野山のような自然豊かな場所では瞑想が深まりやすいのですが、自然の中では原始的な脳が活性化しやすいのではないでしょうか。京の都に拠点があった空海が、瞑想するためにわざわざ高野山に何度も足を運んで、最終的には高野山にこもられて、自然に即して生きることを実践されたのも、自然の中での瞑想の効果をよくよく体感していたのだと思います。
根来 わかります。僕も高野山で森林ウォークをしたとき、静謐な空気に包まれて、心も体も清められているようでした。実は、森林ウォークの医学的効果については、現在最先端デバイスを用いて検証・研究中です。
松長 山登りは歩く瞑想なんですよ。じっとしているだけが瞑想じゃないんです。
自然の中で懸命に歩けば心は無になってくる。ここ数年、山ガールが増えているのも、コンクリートの中で電波が飛び回っている不自然な環境から解放されたいという潜在意識が働いて、本能的に行なっている行動だと思いますね。
根来 無意識に体が自然を求めるというのはあると思います。体内時計は地球の自転のリズムと呼応していますが、自然の摂理はヒトの遺伝子にマッピングされていて、体を制御するいろんな生理的仕組みとして働いていますから。
松長 密教の瞑想は自然と一体になることを目指しますから、本来は自然の中で行うのがいちばんいいんです。初心者の方であればとくに、まずは山や川や海など、できるだけ自然豊かなところに行ってひとりで無心に歩いてみるといいと思います。風を肌で感じたり、植物や土の匂いが香ってきたり、せせらぎの音や鳥の声が聴こえたり、自然の中にいると五感が大いに刺激され、現代人の疲れた脳をフラットにしてくれるのではないでしょうか。
根来 おっしゃる通りですね。密教の瞑想は、自然界とつながる体の根幹に、細胞レベル、遺伝子レベルでダイレクトに作用するのだと思います。
松長 瞑想が深まると、自然に溶け込んでいくような感覚とともに、利他心が湧き上がってくるんですよ。利他の心を持っていると心穏やかになり、精神が安定します。自分にも人にも優しくなれます。
いし あの〜、利他心は本能なんですか?
松長 はい、密教では人の本質は利他心だと考えます。自我の目覚めにつれ煩悩が先行し、人と比較して苦しくなるわけですが、利他の心は本来誰でも持っているものなんです。なのに満月に雲がかかるように煩悩によって隠れてくる。その雲を取り除いていくのが瞑想なわけです。
瞑想で古い脳が活性化すると、自然に人のお役に立ちたいと思うようになりますよ。
「瞑想が深まってくると人のために働きたくなります」(松長潤慶さん)
根来 それはいいですね。瞑想の精神安定効果は最先端医学でも立証されてきていますし、グーグルは早くから就業中に瞑想する時間を取り入れています。
松長 私が社員研修で瞑想指導を行なっている会社では、社員が好きな時間に瞑想できるようにオフィスに瞑想室を設けています。
根来 とてもいいですね。仕事の生産性も上がると思います。
松長 実際、やる気が湧くみたいですよ。瞑想の精神安定効果は、悪い細胞をおとなしくして、いい細胞を活性化して、心身を健やかにしていく作用があるのでは?
根来 そうですね。瞑想で心身をできるだけ静かな状態に保つ時間を持つことで、不要な代謝を抑え込むことができれば、免疫機能が向上し、がん細胞の発生を抑えることにもつながると思います。自律神経やホルモンの働きもよくなるので、慢性疲労や更年期の不定愁訴も改善しますよ。
いし 瞑想習慣、ぜひ身につけたいです! 次回はいよいよ実践編。密教の瞑想のやり方を教えていただきます。お楽しみに!
『ハーバード&ソルボンヌ大学 Dr.根来の特別授業 病まないための細胞呼吸レッスン』『ハーバード&パリ大学 根来教授の特別授業「毛細血管」は増やすが勝ち!』(ともに集英社)など著書多数
いしまるこ(いし)
瞑想中に迷走しがちなぐうたらライター。
実家の宗派は真言宗で、好きな仏は不動明王。
撮影/角守裕二 イラスト/浅生ハルミン 構成・原文/石丸久美子
◆「瞑想」でストレス軽減、長寿遺伝子が活性化して寿命も延ばせる!?/根来秀行教授×高野山大学・松長潤慶副学長「密教の瞑想を医学する」<1>