未来の死に対しても、見通しは立てやすくなっている
――「ピンピンコロリ」という言葉には、どうしても運・不運というイメージがつきまといます。誰もがもっと穏やかに、死を怖がらずに生きる未来は訪れますか?
僕は実は子どもの頃、死というものが怖くて仕方がなかったんです。毎日学校から家に帰る間も、「自分はどんなふうに死ぬのだろう」など、いろいろ考えてしまうような小学生でした。でもそれが、35歳くらいの頃からまったく怖くなくなったんです。
――そうなんですか? それはなぜでしょう。
医療未来学というジャンルを通じて、「未来では、死のプロセスも事前にある程度の見通しは立てられる」という考え方に到達したからですね。
この連載でもお話をしましたが、医療未来学はあらかじめ予定されている医療の未来をたどっていく学問です。例えばがんも、20世紀では治すのが難しい病気でした。でも21世紀の今は、仮にがんになったとしても切らずに治せる薬も出ているし、余命も長くなり、ゆっくり生きられるようになっていることを、第1回でお話ししましたよね。
年をとったら、何歳ぐらいからどんな病気や不調に見舞われやすいのかというデータもあるくらいなので、それらをコントロールできるよう、病院や薬、テクノロジーの力を借りていけば、ゆっくりと衰えて、やがて死を迎えることもできるようになります。
僕も自分自身の体力について、「60歳になってちょっと肩も痛くなってきたけど、それって普通のことだよな。そんなふうに体力はゆっくり落ちていくけれど、もうわかっている未来を考えれば、90歳、100歳まではパワーを保つことはできるよな」と思っています。つまり長生きに関する安心な情報を得るほど、不安はなくなっていったんですよね。もちろん今だって、急な心不全などの突然死や、交通事故死などはありますが、そういったことさえ避けることができれば、そう極端に困ることはないのでは? と思っているんです。
――いたずらに不安にならないためにも、医療未来学を知ることは有効なんですね。
そうですね。医療の分野という軸だけではなくて、社会の流れなども含めたさまざまな軸も通して見てみると、「すべての病気の分野は、おおよそこんなふうになるよね」という地図が出来上がってきます。その地図を見る限り、極端に大きく失敗しそうなものは、もうあまり残っていないのじゃないかなと思っています。「それ、誰かが伝えたほうがよくない?」と、以前友人に言われたことがきっかけで、じゃあ自分がやろうかな、と医療未来学に関するさまざまな本を書くようになりました。
なかでも2019年に出版した『Die革命 医療完成時代の生き方』(大和書房)という本は、死に対する概念をマインドセットしてもらう意味でつけたタイトルでもあるんですよね。
――『Die革命 医療完成時代の生き方』には、「死ぬことを考えずに生きる、そういう時代がもう目の前に来ています」と書かれていましたよね。先生の本を読めば、確かに死は怖くなくなるかも。
寿命120歳社会の安楽死問題
―― 一方で、最新著書の『人は死ねない 超長寿時代に向けた20の視点』(晶文社)には、医療のテクノロジーが進んで、「この先、人は120歳ぐらいまで生きる可能性が高くなりつつある」とありました。死を恐れるというよりも、むしろなかなか死ねなくなっていく…。寝たきりでもVRでゴルフやデートを楽しめる未来が巻末に小説仕立てで書かれていたので、「長生きするほど、お金がかかるのでは?」と、また違う怖さを感じてしまいました。
そう思っていらっしゃる人は多いと思います。下手したら、お金は足りなくなりますよね。でも、それはあくまでも、120歳まで最高の最新医療を受けようとすれば、という文脈です。致死的な病気に対する対処は、少なくとも僕も含めてOurAge世代の人に関しては、医療保険制度が死ぬまで面倒を見てくれるはずですから、そこは安心してください。ただ若い世代については、医療保険制度がずっと同じように続くのか、今後わかりません。アメリカのように、民間の高い医療保険に入らなければならない未来の可能性は、ゼロではないと思います。
――となると、現在の日本では認められていませんが、長寿社会に向けて、安楽死の法制度も変わっていくと思われますか?
安楽死については、そう遠くないタイミングで議論が行われるのではないかと思っています。長寿社会の影響で、このままでは医療保険制度が破綻するかも、という問題を日本は抱えていますよね。でも国民はというと、この先もずっと今の医療保険制度を望んでいます。だから国としても維持しなきゃいけないとは思っているでしょうが、それにしても高齢者の人数が多すぎるので、どうしたものかと困っているはずなんです。
G7(先進7カ国首脳会議)の加盟国の中では、安楽死制度を持つのはカナダやアメリカ(一部の州)で、これはあくまで僕の個人的な見解ですけれども、残りの4カ国くらいが安楽死制度を導入すれば、同じ加盟国である日本も右にならえとなるのではないかな、と。ちょっと他力本願ですけど、国はなかなか動かないので。
「死をデザインする」という提案
――安楽死の是非についてここでは問いませんが、それは考えられないことではないですね。でも、まず議論ですよね。
ええ。そもそも議論の場がなければ、選択肢も生まれない。僕は、選択肢がないということが、人類にとっては最もよくないと思うんですよ。その議論の場を提供したくて、長寿時代の死に方については、先述の著書にSF仕立てのような短編小説を書いたわけです。そういう、一種のエンターテインメント的な力を借りて死に対する概念が変わる、そんなコンテンツを増やしていきたいなと思っているんですよ。
――著書『人は死ねない』では、「死のデザイン」を楽しく、ポジティブに考えることを提案されていました。OurAge読者にも、病気をとても怖がっている人は多くいます。まだなってはいないけれど、「認知症になったらどうしよう」とか。30代とまだ若い人でも、「更年期が怖い」と言う人もいます。でも、お医者さんはというと、「なってから考えましょう」という意見がほとんど。
(自分以外の)お医者さんの立場を少しだけフォローしておくと…専門医になるためには、その分野のことだけをものすごく勉強して、ものすごく詳しくならなければならないんですよね。お医者さん自体、医療と社会の両方を全体として見ていくという教育のインフラが整っていないことも問題なので、どうしても「木を見て森を見ず」になってしまう。結果、一般の人も、見えざるものの影に怯える、という悪循環なんです。本当はみんなが、どう生きてどう死ぬのか、見て見ぬふりをせずに考えていくことによって、社会も成熟していくと思います。
――本当にそうですね。未来では誰もが病気について正しい知識を持って、死も前向きなイメージでとらえられることを願って、奥先生の創作活動にも期待します!
ありがとうございます。ぜひ楽しみにしていてください。
経営学修士(MBA)。 専門は、医療未来学、放射線医学、核医学、医療情報学。 東京大学医学部22 世紀医療センター准教授、会津大学教授を経てビジネスに転じ、製薬会社、医療機器メーカー、コンサルティング会社等を経験。創薬、医療機器、新規医療ビジネスに造詣が深い
イラスト/内藤しなこ 取材・文/井尾淳子