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今後も人類は感染症に脅かされるの?

世界中がパンデミックに陥った新型コロナウイルス感染症。そのインパクトは記憶に新しく「これからも、あんなことが起こるの?」と、漠然とした不安を覚えたり…。しかし、未来に登場する医療技術を先読み、評価する「医療未来学」の専門家・奥真也先生は「今後は感染症の脅威から解放されます」とポジティブな意見。それはなぜなのでしょうか。

前例を塗り替えたコロナワクチン

 

――新型コロナウイルス感染症は、2023年5月に季節性インフルエンザと同じ、5類感染症へと引き下げられました。奥先生の著書『未来の医療年表 10年後の病気と健康のこと』(講談社現代新書、2020年)によると、「2030年 感染症の脅威から解放」とあります。ということは今後、コロナのような感染症があっても大丈夫、ということでしょうか?

 

書籍にあるのは、人類の歴史に起きたスペイン風邪、そしてコロナのようなパンデミックに関しては、2030年以降はもうないだろう、という予測から書いたものです。それはなぜかというと、コロナワクチンの話とつながっているんですよね。

 

ここから少し製薬業界の話になりますが、本来そういったワクチンの開発には、5~10年ほどかかるというのが常識でした。例えば新しい薬を作るときには、病気の人に投与する前に健康な人で治験を行い、1年後に異常がないかどうかを確かめる必要があるんです。それによって時間がかかる。まず短期で1週間、1カ月間と評価をして、1年間で健康上の問題が生じないということを証明するプロセスがある、ということ。

 

でも今回のパンデミックでは、社会がそんな悠長なことは言っていられない!ということで、超スピードの1年間でワクチンを作って、全世界で緊急承認をした背景がありました。つまり、社会を揺るがす緊急時においては、「時間をかけて慎重を期するよりも、スピーディな対応でベネフィット(恩恵)を優先することが大事」という考え方が世界のコンセンサスになったんだな、と思ったのです。

 

医療未来学_ワクチンを研究する助成

 

――確かに短期間のうちに、ワクチンもいくつかの製薬会社から選べるようになりましたよね。あれも技術の進化だった、と。

 

ええ。今回ドラスティックに変わったのは、その背景に本来の治験や、それまでのプログラムを大幅に短縮するという大きな決断があったからこそ、です。ある意味、禁断の果実でもあったわけですが、同時に、そういう薬が1年でできるようなサイエンスの環境が今はあるとも言えるでしょうね。そういう前例を作った以上、これからはその動きは誰も止められないと思うんです。

風邪も撲滅できるようになる?

 

――パンデミック規模の感染症については、よくわかりました。素朴な疑問ですが、いわゆる風邪が一切なくなるような未来も訪れますか?

 

結論から言うと、それはすごく難しいですね。例えば、季節性インフルエンザはウイルスの種類が明らかなので、その年ごとのワクチンもあるし、タミフルなどの特効薬もある。つまり治療のための道筋がはっきりしていますよね。

 

でも、一般的な風邪は疑わしいウイルスや細菌がいくつもあるうえに、世の中の人が風邪だと思っている体調不調も、そのうち何割かは風邪ではないという場合があります。例えば心臓の動きが普段よりも遅くなっているとか、呼吸の際の酸素交換が何らかの理由で阻害されているとか、詳しく測定するといろいろわかるんですけれども、それは風邪のウイルスではなくて、睡眠不足やストレス、疲労など、そういうちょっとした生活習慣からくる原因が、風邪と似たような症状を作り出してしまっている可能性が大きい。

 

――なるほど、「前の日にエアコンをつけっぱなしで寝てしまったから、喉が痛い」みたいな不調は人に感染することはないし、不注意だから(笑)。撲滅しようがないですね。

 

医学的に風邪を定義するならば、正式には「カゼ症候群」といって、細菌感染症が気道に存在して起こる症状、みたいなことなんですよね。だから定義上でいうウイルス性の風邪に限れば、できるだけ減らしていくようなことは、この先できるようになるかもしれません。

 

ただ、もう少し広義での捉え方についてもお伝えしたいですね。そういうちょっとした風邪をゼロにすることに対して、薬を開発する製薬会社にはメリットがあるのか、誰も買えないような高額の薬を作り出したとしても、国が医療保険として認めるかどうか。もし仮に認められたとしても、医療財政はさらに逼迫してしまう…等々。そこに技術の導入があったとしても、全体としてハッピーなのかどうかを考えるのが「医療未来学」でもあるんです。

 

――なるほど。そこで社会コストがかさむと、私たちの税金や社会保険料も高くなってしまう、ということも考えないといけませんね。

 

そうですね。ワクチンのことでいえば、単なる風邪のワクチンは対象となる症状、ウイルスや細菌が多すぎるので開発にも莫大なお金がかかってしまいますが、例えば帯状疱疹(たいじょうほうしん)ワクチンなどの原因がはっきりしているウイルスに対してのワクチンは、今後もいろいろな新薬が登場する可能性はおおいにあると思いますよ。

 

これから期待大の「バーチャル治験」

 

――風邪について、少し違う方向からお聞きしたいのですが。日常で風邪はなるべくひかないほうがもちろんいいのですが、「風邪をひくことで免疫がつく」ということは正しいといえるのでしょうか?

 

理屈としては、子どもの頃から小さな感染症を繰り返して人は成長するし、いろいろな抗体ができていくとはいえると思います。でも、はたしてそれは真実なのか。そのデータをとる実験が、もうできなくなっているという現状についてもお話をさせてください。例えば特効薬を作るための治験は、最近ほとんどが途中で終わってしまうんですよ。

 

――えっ、そうなんですか? それはなぜですか?

 

治験の際は、薬を使う人、使わない人というグループ分けをして行います。そうすると、薬を使わないグループに割り当てられた人は、シンプルに損ですよね。仮にそれを5年間続けましょうとなったら、薬を使わないグループの人は5年間、特効薬をもらえないことになります。

 

なので、今は製薬会社や行政は何度も中間結果報告を出して、明確な差が出たらすぐに治験を中止するんです。「ここからはもう、両方のグループの人に薬を使わせてあげてね」と。要は倫理的な問題で、不利益を受ける人を極力減らしていこうというふうに治験のスタイルが変わってきているんですね。

 

そこで今、僕が期待しているのは、そういった不利益グループに実際の人を割り当てるのではなく、最初からバーチャル治験を行うという流れです。たくさんの人の健康なビッグデータがすでにありますから、そこからデータをとってやっていこうというバーチャル治験の時代に入ろうとしているのが「今」なんです。

 

――それはまさに、デジタル化とテクノロジーの恩恵といえますね。

 

皆さんの知らないところで、医療は日々進化しているということは、なんとなくでいいので、知っておいていただけたらと思います。

 

で、話を質問の回答に戻すと、先述のように、実際の人間ではもう比較治験ができなくなってしまっているので、「無菌状態よりも、少しは病原体にさらされたほうが健康にいいかどうか」問題については、人類が今後証明する術はないんです。

 

たとえるなら、「人生で一度も怒られたことのない人が20歳になって初めて怒られるのと、ずっと怒られ続けた人が20歳になってまた怒られるのとでは、どちらが心理的な傷は小さいか」という議論をしているのと同じこと。「それは怒られ慣れているほうが〜」とはみんなが思いますよね? 思うけれど、それは誰にも証明することができない、ということなんですよ(笑)。

 

――うーん、なるほど。では、バーチャル治験のさらなる進化を期待しつつ、自衛しながらも、少しでも風邪をひかなくなる未来の到来を待ちたいと思います!

 

 

 

奥 真也
奥 真也さん
医師、医学博士
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経営学修士(MBA)。 専門は、医療未来学、放射線医学、核医学、医療情報学。 東京大学医学部22 世紀医療センター准教授、会津大学教授を経てビジネスに転じ、製薬会社、医療機器メーカー、コンサルティング会社等を経験。創薬、医療機器、新規医療ビジネスに造詣が深い

 

イラスト/内藤しなこ  取材・文/井尾淳子

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