アアルト建築を支えたのは、妻アイノの生活に根ざした視点
前回、デンマークのヴィンテージチェアの購入体験について書きました。そのときにオーダーしたイスは、まもなく届く予定で、うきうきと待っているところです。
引き続き、仕事部屋については模様替えをしようと思っていて、いまはデスクを探しています。北欧の人たちのように、購入するときは、高くても思い切っていいものを、その代わり長く愛用できるものを、焦らずじっくり選んでいきたいな、と思っています。
そんな今の私の気持ちにぴったりな展覧会が東京の世田谷美術館で開催されています。フィンランドを代表する建築家でデザイナーのアルヴァ・アアルトと、同じく建築家でデザイナーの妻アイノ・アアルトの展覧会「アイノとアルヴァ 二人のアアルト」です。
会場に入る前から、素敵なインテリアがお出迎え。アルヴァとアイノが、2人の仲間と一緒に立ち上げた、フィンランドの家具や照明のブランド「Artek(アルテック)」のディスプレイです。
温かみのある木材と、手狭なスペースでもすっきりとコンパクトに収納できる機能性、組み合わせ方次第でいろいろな表情を見せてくれる柔軟性に富んだデザイン。ああ、やっぱりアルテックの家具は素敵です!憧れます。
さあ、いよいよ会場へ。
この展覧会が非常にユニークなのは、世界的に有名な夫アルヴァだけでなく、妻アイノにもスポットを当てていること。
アイノ・アアルトとアルヴァ・アアルト、1937年 Aalto Family Collection, Photo: Eino Mäkinen
アイノは、1917年に独立を果たしたばかりの小さな国、フィンランドで、1920年代〜40年代にかけて、夫とともに、建築事務所を切り盛りし、建築の世界にとどまらず、機能的かつデザイン性の高いプロダクトをデザイン。国内外で活躍しました。
会場内に流れている映像では、1926年にアイノが家族のために設計した、とても慎ましい夏の家「ヴィラ・フローラ」で、家族4人で過ごしている様子を見ることができます。
こちらはアイノが描いた、ヴィラ・フローラのスケッチ画。
アイノ・アアルト、ヴィラ・フローラ水彩スケッチ、1942 年 Aalto Family Collection
映像では、湖で泳いだり、ボートを漕いだり、そしてそのすぐ横を牛がのんびり歩いていたり。モノクロながら、キラキラと輝く夏のフィンランドを感じることができ、絵に描いたような幸せな家族の姿にもうっとり。また、娘さんが着ているワンピースや、息子さんの吊りズボン姿が愛らしくておしゃれで、キュンとしてしまいます。
アアルト家に限らず、フィンランドの人たちは、今も昔も、家族といる時間を何よりも大切にしています。平日は16時には仕事を終えて帰宅しますし、夏休みは1カ月ほど(人によってはまとめてではなく、何回かに分けてトータル1カ月)、家族と過ごします。
デザイナーとして、夫のアルヴァからリスペクトされ、時にアルヴァに大きな影響を与えていたというアイノ。そのデザインセンスだけでなく、建築事務所の経営的なことも任されていたそう。
そんな彼女が生み出すプロダクトは、妻として、そして母としての目線が強く反映されたものでした。
こちらは、アイノがデザインした子ども用家具。(1920年代後半〜30年代前半)
アイノとアルヴァは、良質で機能的な住まいに必要なのは、大きさではなく、優れた設計であると考え、誰もが取り入れられるよう、大量生産のできる素材やデザインを追求しました。
女性が社会進出し始めたという時代背景もあり、自らも働きながら子育てをしていたアイノは、家事労働を減少・効率化できる、使いやすいキッチンを設計。
さらにアイノは、家庭用だけでなく、幼稚園や保育園、保健医療施設のためのインテリアと家具もデザイン。決まった場所に子どもたちが自分でしまえるよう、子どもの体型に合わせたサイズにしました。
こちらの資料写真は、折りたたみ式ベッドで眠る子どもたち。(1940年代)
会場に再現された、折りたたみ式ベッド。
そんな二人の理想の家と家族のあり方が、最も反映されているのは、彼らが暮らした「アアルトハウス」でしょう。ヘルシンキにあるアアルトハウスは、現在、一般公開されていて、ガイドブックにも載っているので、訪れたことのある人も多いかもしれません。
会場には、そのアアルトハウスにある、アイノがデザインした食器棚(再現)も展示されていました。
この食器棚は、本当に驚くほど機能的で、私も初めてアアルトハウスを訪れた際、最も印象に残っているといってもいいくらいインパクトがあり、帰国後、絵を描かずにはいられなかったほど。
そしてこちらが、アアルトハウスにある実際の食器棚です。
(2015年、新谷撮影)
食器棚の裏にキッチンがあり、引き出しはキッチンからでもダイニングからでも開け閉めができるようになっています。つまり、キッチンで洗った器は、キッチン側から収納して、使う時にはダイニング側から取り出せるようになっているのです。動線に配慮した、非常に機能的なつくりです。
ちなみに、ダイニングにあるイスは、見るからにフィンランドデザインではありませんね。二人がイタリア旅行した際に、購入したもの。思い出の品です。
そして、アアルトハウスの外観はこちら!
(2015年、新谷撮影)
庭に面したリビングには、大きな窓があり、太陽の光がたっぷり入ります。
(2015年、新谷撮影)
ピアノの奥に見える引き戸の向こう側が建築事務所で、手前が家族のリビングルーム。引き戸でワーキングスペースとプライベートスペースを仕切っています。
現地取材の話から、再び展覧会の話に戻りまして、その他の展覧会の見どころを。
今やアルテックの代名詞となった、強固な無垢材を直角に曲げる技術「L-レッグ」シリーズは、やはり展覧会の中心にありました。
L-レッグは、アルヴァが、家具職人のオット・コルホネンと出会い、ともに開発した技術。会場では、どのようにして木を曲げているのかがわかるように、パーツと道具が展示され、さらには工房で働く職人さんたちの映像などが上映されていました。
これらを見ていて驚いたのが、12月〜3月の冬の期間に伐採した白樺を、約6カ月かけて屋外で乾燥し、さらに倉庫で乾燥させてから加工していくという、時間をかけた工程です。
フィンランドを訪れれば、カフェやレストラン、ホテル、図書館など、必ずどこかで座る機会のあるアルテックのイスは、こんなにも時間をかけてつくられているのだということを知りました。
こちらはフィンランド北部、ロヴァニエミにある図書館を訪れた時のもの。子どもサイズのL-レッグのテーブルとチェアがありました。
(2019年、新谷撮影)
そして、長年のアアルトファン、アルテックのファンのツボは、こんなところにも。
アルテックストアのショーウインドウの写真。(1939年)
アルテックのカタログや広告などの資料展示も。今見てもおしゃれでかっこいい!(1930〜40年代)
展覧会の締めくくりは、1939年に開催されたニューヨーク万国博覧会のフィンランド館の再現。アルヴァとアイノは、限られた予算の中、割り当てられた小さな建物の直角を崩し、建物の中に、フィンランドの空を舞うオーロラのような壁をつくりあげました。
ニューヨーク万博の時には、ここにフィンランドの陶器やガラス、家具、写真パネルが展示され、壁の反対側にあったレストランから眺めることができたそう。
こちらにはアイノがデザインしたガラス製品で、水の波紋を意味する「ボルゲブリック」シリーズも。
ボルゲブリックは、フィンランドのリビングウェアブランド「イッタラ」で、現在も製造・販売しています!
こちらの記事で紹介したのは、展覧会のごく一部。ぜひ足を運んで、小さな国を飛び出し、戦前から国際的に活躍した二人の作品と軌跡を、彼らのライフスタイルとともにじっくりご覧ください。
展覧会情報
「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランドー建築・デザインの神話」
世田谷美術館
2021年6月20日(日)まで開催中(日時指定予約制)
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/
新谷麻佐子さんの北欧旅連載
『今人気の田園ツーリズム。フィンランド、ラトビア、エストニアに行ってきました!』