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フィンランド映画『魂のまなざし』が描く、50代アーティストの「せつない恋」

新谷麻佐子

新谷麻佐子

あらたに・あさこ●イラストレーター&編集者。2014年にムーミンの作者トーベ・ヤンソンが暮らした島「クルーヴハル」に、友人でライターの内山さつきと1週間滞在したのをきっかけに、kukkameri(クッカメリ=フィンランド語で「花の海」の意) を結成。以後、フィンランドの小さな町や四季、暮らしと文化をテーマに取材を続けている。著書に『とっておきのフィンランド』『フィンランドでかなえる100の夢』(ともにダイヤモンド社)がある。http://kukkameri.com

モダニズムを代表する芸術家、ヘレン・シャルフベックの中年期時代を描く

 

先日、フィンランド映画を観てきました!OurAge読者の皆さんに、ぜひとも見ていただきたく大急ぎで原稿を書きました(笑)。

新谷さん_映画「魂のまなざし」

 

フィンランドの国民的画家、ヘレン・シャルフベックの画業と人生を決定づけた1915年から1923年の中年期時代を描く、美しくも切ない作品『魂のまなざし』。

 

 

「女流画家」と呼ばれることを拒み、プライドが高く鋼のような心と、それに反して、純粋でいとも簡単に崩れ落ちてしまうような繊細な心を持つ女性、ヘレンの心の動きを丁寧に描いています。

 

新谷さん_映画「魂のまなざし」シーン

 

ヘレンは幼い頃、事故で障害を抱え、歩行が困難だっため、学校には通わず、家庭で教育を受けました。しかしそのおかげで家庭教師の1人が彼女の素描の才能に気づき、画家に見出され、11歳でフィンランド芸術協会の素描学校に入学。18歳になると奨学金を得て、パリ留学も果たします。

 

20代の大半はフランスで過ごし、30代前半まではヨーロッパ各地を旅することもありましたが、フィンランドの保守的な美術界に疲弊し、40歳のときにヘルシンキを離れ、近郊のヒュヴィンカーへ移住。

 

映画の舞台は、ヒュヴィンカーに移住して13年、ヘレンが50代前半の頃。母親と慎ましく暮らすヘレンの姿を映し出します。

 

思うようにいかないと破壊的になってしまうほど、描くことに情熱的な画家の姿はもちろんのこと、家の中の調度品やファッションも美しく、目を奪われます。

 

フランスの流行に敏感だったというヘレン。派手さはないものの、細かいプリーツのついたブラウス、パフスリーブ、長めのカフス、胸元にはブローチが付いていたり、大きなリボンを結んでいたりと、ディテールがおしゃれです。

新谷さん_映画「魂のまなざし」シーン

 

絵を描くときも、あまりにも小ぎれいな格好をしているので驚きますが、一旦描くのに夢中になると、服は乱れ、あちこち絵の具まみれに。完璧な美しさを求めつつ、一度乱れるとどこまでも崩れてしまう。そのアンバランスさがまた彼女の魅力のような気がします。

新谷さん_映画「魂のまなざし」

 

ある日、ヘレンの家に2人の男がやってきます。ひとりは画商のヨースタ・ステンマン、もうひとりは、森林保護官で、ヘレンの絵のファンだという若い男性のエイナル・ロイター。

 

彼らは家中に眠っている作品を掘り起こし、画商は全てを買い取り、売ってみせる!といって去っていきました。その言葉通り、1917年にヘルシンキで開催されたヘレンの個展は大成功をおさめます。

新谷さん_映画「魂のまなざし」シーン

 

その個展の際にヘレンとエイナルは再会。才能に溢れる画家と、彼女を尊敬する19歳下の男の間には緊張感が漂っていましたが、エイナルが「コーヒーでも?」と誘ったことから、徐々に緊張が溶けていきます。

新谷さん_映画「魂のまなざし」

窓辺(写真右)に写っているのが、ヘレンとエイナルです。

 

以来、エイナルはヘレンのアトリエを訪れるようになり、次第に距離が縮まっていきます。写真は庭でくつろぐ、エイナルとヘレン。そしてヘレンの母。

新谷さん_映画「魂のまなざし」

 

ある日、エイナルは「タンミサーリに別荘があるから行こう!」と誘います。

 

タンミサーリとは、フィンランド南西部にある港町。ヘルシンキから電車で1時間ちょっとのところにあり、夏の間は沿岸にボートがずらりと並び、バカンスを楽しむ人たちで賑わいます。

 

海辺にキャンバスを並べ、絵を描く2人。いつも難しい顔をしてキャンバスに向かうヘレンも穏やかな表情で絵と向き合い、食事のひとときには少女のような笑顔を浮かべます。そして、少年のように海ではしゃぐエイナル。

 

タンミサーリ滞在中、とある出来事をきっかけに、ヘレンは戸惑いつつもエイナルへの恋心を確信します。愛おしい人の腕に触れた途端、全身に走る高揚感。でもヘレンは、画家としては勇敢でも恋に関しては奥手。なかなか心の内を明かすことができません。

新谷さん_映画「魂のまなざし」シーン

 

森林保護官のエイナルは、一度旅に出るとろくに手紙もよこしません。心配でたまらないヘレンは、郵便配達人の気配を感じると、待ちきれないとばかりに外へと飛び出します。そしてついに、エイナルから手紙が届きますが、そこに書かれていたのは、若い女性との婚約の知らせでした。

 

50代にして可憐な少女のような恋をしたヘレンは、絶望に打ちひしがれ、病に伏してしまいます。回復しつつある中、エイナルとの過ごした時間を振り返り、彼女がつぶやいた一言がとても印象的でした。

 

作品で描かれているのはそれだけでなく、フィンランドの独立と内戦、母親との葛藤の歴史、長男や男性が優遇される社会への反骨心など、現代の私たちにとっても身近なこと、未だ解決に至っていない社会的問題も多く含んでいます。

 

もちろん、フィンランド好きとして見逃せない、楽しいポイントもあちこちに。

 

例えば、親友の訪問時に北欧の定番食材ニシンとお酒をとっていたり、家にはタイルストーブがあったり。孤独に苛まれるヘレンが海辺にたたずむのは、フィンランドらしいゴツゴツとした岩場の海岸だったり。

 

戦時中で物不足だった当時、店の店主が「コーヒーと砂糖は売り切れだ」というと、「今日は、母親の名前の日だから、ビスケットだけでもほしい」とヘレン。これもまた北欧らしい1コマです。フィンランドやスウェーデンには誕生日だけでなく、名前の日というのがあって、365日、毎日誰かの名前の日で、その日は家族でお祝いをします。

 

あとは、個人的に思い入れのあるのはタンミサーリ。私も何度か訪れたことのある町で大好きな場所。こちらの写真は2017年に訪れた時のもの。

新谷さん_タンミサーリの街

 

ヘレン・シャルフベックは60代になってタンミサーリに移住します。1日あれば徒歩で中心地を一周できてしまうほどの小さな町に、現在、彼女の作品を所蔵するミュージアムやシャルフベックの名を冠したカフェがあります。

 

赤や黄色の木造建築が立ち並ぶかわいらしい町。小道を歩いていると、ヘレンもここを通ったのかな?なんて想像するのが楽しいです。

新谷さん_タンミサーリの街

 

北欧が好きな人に限らず、長年、キャリアを積んできた女性、頑張って生きてきた女性にこそ観てほしい映画「魂のまなざし」。まだ残暑も厳しそうなので、涼しい映画館で、芸術家のひたむきに生きる姿をどうぞご覧ください。

 

ヘレン・シャルフベック生誕160年記念公開
魂のまなざし」 ※全国各地で順次公開中

 

監督:アンティ・ヨキネン
出演:ラウラ・ビルン、ヨハンネス・ホロパイネン、クリスタ・コソネン、エーロ・アホ、ピルッコ・サイシオ、ヤルッコ・ラフティ
字幕:林かんな
原題:HELENE
2020年/フィンランド・エストニア/122分/©Finland Cinematic
配給:オンリー・ハーツ
後援:フィンランド大使館
応援:求龍堂

 

新谷麻佐子さんの北欧旅連載

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