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なぜ着物は高いの?

片野ゆか

片野ゆか

1966年、東京生まれ。広告営業職を経てノンフィクション作家に。
得意分野は、犬と人の生活全般、アジアの食文化、美容・健康など。2005年、『愛犬王 平岩半吉伝』で第12回小学館ノンフィクション大賞受賞。

 

「なぜ着物を着ると老けて見えるの?」「なぜ"着物警察"は上から目線でダメ出しするの?」…数々の着物の"謎"に迫ってきた、ノンフィクション作家・片野ゆかさん。今回はとうとう、誰しもが思う最大の謎ーー「なぜ着物は高いの?」に挑戦!タッグを組む相棒は、あのユーチューバー!?

ひとり飲みや海外ひとり旅が好きで、興味があればわりとどこへでもスルッと入っていくけれど、いまだに足を踏み入れられないところがある。

 

それは、呉服屋だ。だって、やたらと敷居が高いんだもの。
個人的に一番ダメなのは、着物の両袖を広げて豪華にスポットライトをあてたディスプレーで、あんなもの威嚇以外の何ものでもない。店の前を通りかかっただけで「ガルルッ」と唸っている着物、けっこういると思うのは私だけだろうか。

 

こう感じるのは、着物は高くて当たり前、という事実があるからだ。稀少な材料を使った手間隙のかかるモノだということくらいは、もちろん理解しているつもり。だけど「着物と帯で80万円が、今回だけ特別価格で45万円!」などの営業トークが呉服屋で展開されていると聞くと、原価や利益率はどうなっているのよ!?と考えずにおれないのだ。

 

【呉服屋に行くメリットはあるのか】 

 

これについて、率直に訊ける人はいないのか。

 

思い出したのは、『着物警察を返り討つ方法』でお世話になった、着物着付け講師のすなおさんだ。フォロワー数8万人の人気着物ユーチューバーで、独立して着付け教室をする以前は、京都の着物メーカーに数年間勤務していた、つまり販売の現場をドップリと経験した人なのだ。

 

「着物が高額になるのは、流通に問題があるからです」
すなおさんの説明は、動画と同じようにスッキリと簡潔だった。
「着物や反物が店頭に並ぶまでに複数の問屋が関わるため、昔は消費者に届くまでに原価の10倍くらいになっている物もありました。最近はメーカーの直販も少しずつ増えてきましたが、業界内の相場があるので急激な価格変動は起こりにくいと思います」

 

フム〜、そういうことになっているのか。

 

ところで販売員時代のすなおさんは、利益率が異常に高い商品を売ることに、どう折り合いをつけていたのだろう。
「値段を意識しているときは、まったく売れませんでした。途中からは、お客さんにとって役に立つ情報やアイデアを提供すること、楽しい時間を過ごしてもらうことに集中しました」

 

その結果、売るつもりがなくても、売り上げが伸びていったという。押しつけではなく、お客が「これ欲しい!」と心から思えるモノとの運命の出会いをつないだのだ。これぞ呉服屋の醍醐味ということか。

 

「実は私、呉服屋がめちゃくちゃ怖いんです。行って良いことって、何かあるんですか?」
「その気持ち、よくわかります! 私も、買わへん、と言ったとたんに対応が冷くなって、コワ〜と思ったことがありますから」
そう言って笑うすなおさんが、呉服屋のメリットしてあげたのは、つぎの3点だった。

 

その1は贅沢感。特別な雰囲気の空間で、自分のためだけに店員が対応してくれる状況は、日常にはないレアな体験だ。

 

その2は、着物の知識が増えること。作り手の情報や商品のバックグランドなど、豊富な専門知識に触れることができる。

 

その3は、最新の芸術品を鑑賞できること。呉服屋には、現代の最新の意匠をつくしたものが集められている。

 

それならいっそのこと、ギャラリーとして公開してくれたらいいのに。買うこともできる美術館になれば、敷居もぐっと低くなる。

 

着物連載_ill

 

【未来型の着物購入スタイル】

 

値段に関して、もうひとつ気になるのは作り手のことだった。たとえば、着物を仕立てる和裁士は特に不遇な環境だと、すなおさんは言う。

 

「戦前は、職人にきちんと還元する仕組みがありました。でも戦後はコスト削減の一方で、付加価値をつけた高額商品を売ることを優先して、作り手への還元率が低いビジネスモデルが定着していったんです」

 

ああ、まさにブラックの温床だ……。
コストダウンをうたう一方で、中間マージンを重ねて商品の値段をつりあげる業界のやり方には物申したい気持ちでいっぱいだけれど、なにより作り手を大切にしないシステムには腹が立つし、とても悲しい。

 

「でも、この現状を変える方法があります」

 

すなおさんが、キラキラした目で教えてくれたのは、これまでの着物業界にはない買い物スタイルだった。

 

「和裁士さんに直接、仕立てをお願いするんです!」
「そんなことできるんですか?」
「SNSなどから、和裁士さんとつながることができます。少数ですが、公式サイトを開設して個人で仕事を受けている方もいらっしゃいます。着物はデザインが均一なので、正しいサイズさえわかればオーダーは難しくありません。サイズの測り方は、私のYoutubeチャンネルに動画をアップしています」

 

初心者にはさすがにハードルが高いような気もしたけれど、すなおさんの説明を聞けば、洋服のオーダーメイドにくらべたら予測不能な要素はかなり少ないこともわかる。

 

「実際に、SNSで知り合った和裁士さんに一着仕立てをお願いしたことがあるんです。きちんとした技術がある方で、ピシッとした素晴らしい着物ができました」

 

個人的にオーダーする場合の仕立て代の目安は、浴衣が1万5千円、気軽なお出かけ着といわれる小紋が2万5千円、フォーマルシーンにも対応できる訪問着が3万5千円程度だという。

 

衣服代として安いものではないけれど、完成までの時間は作業行程によって1日から3日ほど(納品までの既刊ではなく和裁士の労働時間)と聞くと、特殊技能の対価としてさほど高額ではないことがわかる。

 

反物をどこで手に入れるのかという問題もあるけれど、今どきはネットオークションやフリマサイトもある。

 

新品のお誂え着物を呉服屋で購入したら長期のローン返済は免れないが、これなら〝頑張った自分へのご褒美〟の範疇におさめることもできそうだ。なによりこの方法は、和裁士は技術に見合った収入を得られて、消費者も無駄なマージンを払わずに済む。

 

「どの和裁士さんに依頼すればいいのか、一般の方が判断するのは難しいと思います。今後は、私が信頼できる方をご紹介できる仕組みもつくっていきたいと考えています。この方法が広がれば、着物業界はかなり変わるはずです」

 

着物と楽しくつきあうためのカギは、能動的に選択すること、とすなおさんはいう。購入場所はアンティークショップやリサイクルショップ、ネットショップ、和裁士へ直接オーダーなど、実は多岐にわたっている。

 

着物は高くてあたりまえという過去の常識と決別するときは、実はすぐそこまできていたのだ。

 

(つづく)

 

イラスト/田尻真弓

 

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