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がん手術で「食べる意欲」を失った夫の笑顔を介護食で取り戻す!

私たちは毎日、当たり前のように食事をしています。でも、加齢や病気によって食べられなくなったら……。「食の喜び」を伝える仕事、料理研究家はこうした状況に、どのように向き合うのでしょうか。家族を介護中、または見送った経験を持つ4人の料理家に話を伺う連載、第1回は料理研究家・介護食アドバイザー、クリコさんの登場です。

料理研究家の「クリコ」こと保森千枝さんは、2012年に最愛の夫、アキオさんをがんで失いました。そのときの介護に関する経験や情報、夫のために試行錯誤して生み出した介護食のレシピを伝えようと、現在、介護食アドバイザーとして精力的に活動中です。クリコさんは当時、夫の病とどのように向き合い、食事を通して夫とどのような時を過ごしたのでしょう?

Curiko(クリコ)
Curiko(クリコ)さん
料理研究家・介護食アドバイザー
公式サイトを見る

本名:保森 千枝(やすもり・ちえ) 自宅でサロンスタイルのイタリア料理教室「Cucina Curiko クチーナ・クリコ」や「和食料理教室」を開講。2012年に夫のがん闘病をきっかけに、介護食づくりを始める。噛む力を失った夫のために、さまざまな介護食づくりのノウハウを確立。夫亡き後も、新作レシピをはじめ、介護食の情報をサイト「クリコ流のふわふわ介護ごはん」にて発信中

料理家クリコさんと亡くなる1ヶ月前 夫アキオ誕生日

夫、アキオさんが亡くなる1ヶ月前、仲間との誕生日祝いの席で

 

食べることが大好きだったのに、食べる機能に大きな障害が

 

クリコさんの夫、アキオさんが肺がんを発症したのは2010年のこと。その1年後には食道がんがみつかり、さらに口腔内にもがんが発見され、口腔内の手術を行うことに。この手術は、歯茎と歯、舌の付け根を大きく切除し、自分の太ももの筋肉と血管を移植するという、8時間に及ぶものとなりました。

 

手術は無事成功。しかし、下の歯は奥歯1本を残してすべて失い、舌も短くなり、口内環境が大きく変わってしまいました。さらに、手術の後遺症で、あごは麻痺し、食べる機能に大きな障害が。それは、おいしいものを食べることが大好きだったアキオさんの楽しみと、最愛の妻、クリコさんと食卓を囲む幸せな時間をも奪いかねないものでした。

 

「でも。ひとつだけ、救われたことがあったんです」とクリコさん。それは、味覚が残ったこと。「手術前、医師からは『味覚が失われる可能性もある』と聞いていて、とても心配でした。手術が成功しても、味覚がなくなってしまったら、食べる喜びは完全に失われ、私の料理で夫の回復をサポートすることはできませんから。味覚が残るかどうかは、手術後の食生活を大きく左右する分かれ道だったと思います」

クリコさん夫アキオさん 術後1ヶ月 入院中

 

術後1カ月、入院中のアキオさん

 

「おいしい介護食」で夫の笑顔を取り戻したい

 

こうして手術から1か月後、食事が再開。とはいえ、このとき、病院で出されたのはいわゆる流動食。三分がゆ、具の無い汁物、そして、魚か肉かをピュレ状にした、茶色のどろどろとした液体。見た目も、味そのものも、お世辞にもおいしいと言えません。

 

「下あごが麻痺していたので、手鏡を見ながら、スプーンですくったものを下唇にあてて口に入れ、食べたものがこぼれ出ないよう上唇で抑えてスプーンを引き抜く、という動きを、ひとくちごとに繰り返して、食べ物を口に運んでいました」

 

健康な人であれば、3分くらいでたいらげられそうな流動食でしたが、1時間半かけてがんばって口に運んでも、半分も食べられずに疲れ切ってベッドに横になってぐったりしていると、次の食事が運ばれてくる。そんな食事を1日3回、繰り返す日々。食事の楽しみどころか、それはもう食事との闘いとなっていました。次第に食べることに疲れ果てていくアキオさんは、「食べること」への意欲、興味を完全に失い、顔からは笑顔が消え、表情が一切なくなって能面のような顔になっていたと言います。

 

そんな夫の姿を見るのがつらかったというクリコさん。次第に「食べる機能が低下した夫でも、おいしく、楽しく食べられる介護食を、私が作ろう!」と決意しました。

 

「命がかかっているのだから、味なんて二の次、三の次で、とにかく体力を回復させるために食べるべき、というご意見もあろうかと思います。私ももちろんそれを否定はしません。でもその一方、『おいしい介護食』のメリットも大きいと思います。食欲をそそる見た目、味で、しっかりと食べられるようになれば、体力の回復も早まりますし、精神的な幸福感、満足度は回復の手助けになるはず。困難になった食事のハードルを少しでも下げてあげたい。夫の『体力回復への道』が精神的にツライものであってほしくないと思いました」

 

介護食の情報がないなか、夫の笑顔をみたい一心で

 

アキオさんはもともと、「食べること」が大好きでした。クリコさんの料理に対する意欲も、おいしいもの好きのアキオさんと食事に行く、アキオさんの好物を作って喜ばせようとキッチンに立つ、そんな暮らしの中でどんどん高まっていったと言います。また、週末には友人たちを招いてはクリコさんの手料理をふるまうホームパーティを開くのが2人の楽しみでした。クリコさんが料理教室を開くきっかけも、招かれた友人から「料理を教えて」と頼まれるようになったからでした。

料理家クリコさんと夫アキオさん 自宅ホームパーティー

がん発症の数年前、自宅でのホームパーティで。アキオさんは、妻、家族、仲間との食事の時間をこよなく愛した

 

自分の料理で大切な夫を笑顔にする…。介護食も、こうしたこれまでの夫婦二人の食卓、友人を招いたおもてなしの料理と同じ。延長線上にあるものだと思った、とクリコさんは言います。

 

とはいうものの、当時、介護食に関する情報は少なく、その道は想像以上に困難なものでした。まず、書店に出向いてレシピ本を探しても、思うような書籍は見つけられず。それならば…と自治体に行って、相談窓口を探しても、離乳食について相談できる場所はあっても、介護食の相談窓口というのは、当時ありませんでした。

 

また、世の中の介護食はどのようなものか研究したいと思って、市販の介護食を探しましたが、一般的なスーパーはもちろん、ドラッグストアでも店頭にはほとんどありませんでした。世の中に流通している介護食の8割は業務用で、残り2割もごく一部のお店にしかおいていないということがわかったのです。「扱っているお店は本当に少なかったです」

 

そんな「ないない尽くし」の手探り状態の中、「私がアキオの『おいしい!』という笑顔を取り戻す!」。その一心で、クリコさんの介護食「アキオごはん」作りはスタートしました。

 

取材・文/瀬戸由美子

 

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