この10年、フィンランドに通い詰めていた私が、今年はスウェーデンにも行きたいと思った理由の1つに、大好きなセラミックアーティスト、リサ・ラーソンの作品が生まれた場所「グスタフスベリ」を訪ねたいというのがありました。
グスタフスベリといえば、緑の葉の絵柄「ベルサ」で有名なスウェーデンの陶磁器ブランドですが、元々は町の名前で、ストックホルム周辺の群島の1つ、ヴァルムドにあります。
ストックホルムの中心地から路線バスに乗ること約30分。美しい海に面した小さな港町、グスタフスベリが現れました。
ここにはグスタフスベリの工場とアウトレットショップ、グスタフスベリの歴史と技術を知ることができる「グスタフスベリ陶磁器博物館」、リサ・ラーソンが信頼する職人と共に立ち上げた工房「ケラミック・ストゥディオン」があるほか、カフェやレストラン、ショップが集まっていて、1日楽しく過ごせるスポットです。
こちらがグスタフスベリ陶磁器博物館(Gustavsbergs Porslinsmuseum)。
1825年創業のグスタフスベリの伝統的な手法と歴史、名品の数々を見ることができます。
グスタフスベリで活躍した、スウェーデンを代表するセラミックアーティストのスティグ・リンドベリ(1916〜1982年)やリサ・ラーソン(1931〜2024年)の作品も展示されています。
博物館で美しい陶磁器を堪能したら、ちょうどランチどき。おいしそうなサンドイッチやケーキが並ぶカフェに立ち寄りました。
そして、いよいよグスタフベリの工場見学へ。工場内に入ると、商品ストックの棚が並んでいて、完成した商品がずらり。あの名品もこの名品も、全部あるー!とテンションが上がります。こちらは、青のドット柄がかわいい「アダム」。
工場内はちょうどフィーカの時間(コーヒーブレイク)とのことで、人がまばら。午前10時ごろと15時のフィーカは欠かせない!という、まさにスウェーデンらしい場面に出くわすことができました。
ストックスペースから製造現場へと進みます。手前に写っている方が案内してくれたオスカルさん。
まず見せてくれたのは、型に泥漿(でいしょう)を流し込み乾燥させる工程。
グスタフスベリの特徴はなんといっても、美しい乳白色のボーンチャイナ(粘土に骨灰を含んだ磁器)。なかには暗い色の粘土を使うメーカーもあるそうですが、ボーンチャイナはきれいな乳白色で、釉薬は完全に透明なので、表に見えているのは粘土の色なのだそう。
オスカルさんは、「グスタフスベリのボーンチャイナは特に取り扱いが難しく、機械では製造が難しいので、1つ1つ熟練の職人の手で作られています。それによって、白くて輝きがあり、なおかつ耐久性のある仕上がりになるのです。そして、私たちの釉薬は、ステンレスのスチールくらい硬い。なので器に傷がつきませんし、耐久性が非常に高いのです」と説明。
すると、やおらお皿を1枚手に取り、「ほらね!」とばかりに、ガンガンと思いきり什器に叩きつけました。驚いたことに、お皿はまったく割れませんし、ひびさえ入らないのです。耐久性の高さを目の前で体感した瞬間でした。
そして成形した器は、棚に1日置いて乾燥させます。
そして1,260℃の窯に入れ、24時間焼成します。この段階ではまだ表面がざらざらしているので、今度は機械に大理石とオーク材と一緒に入れて、洗濯機のようにぐるぐると回し、磨いていきます。オスカルさんは「何十年もこの手法で作り続けているんですよ」と言って、大理石とオーク材を見せてくれました。
こちらは品質チェックをする女性のデスク。この日はあいにく担当の方は不在でしたが、ここで品質をクリアしたものだけが、グスタフスベリのロゴ入りスタンプを押してもらえるのです。スタンプはなんと手押し。そう思ってみると、スタンプ1つ1つにも愛着が湧いてきます。
絵付けの部署にもお邪魔しました。女性の職人たちが活躍しています。
このようにプリントを貼りつけて模様をつけていきます。黄色い部分は、焼くと消えるそう。
日本人アーティスト、鹿児島睦さんのアイテム、ピンクの花柄がかわいい「Maj(マイ。スウェーデン語で5月の意味)」もありました。グスタフスベリが、鹿児島さんのプロダクトを手がけるのは今回が二度目で、オスカルさんは最初に依頼した当時を振り返り、次のように語りました。
「睦に、私たちの工場でぜひ作らせてほしいと伝えると、私たちのボーンチャイナを讃え、『日本ではこれほど白い磁器を見つけることができません。ぜひお願いしたいです』と言ってくれたんです。大変光栄なことでした」
また、2024年春に92歳で逝去したリサ・ラーソンとの最後のコラボレーションアイテム「シックステン」も。リサさんが描いた円がプリントされています。
オスカルさんは「シックステンは、スウェーデンではよく猫の名前で使われる言葉。リサは猫のフィギュアをたくさん手がけてきたので、ぴったりだと思いました。それと同時に、リサは、この作品の黒い線と白いスペースの比率が、美しいとされる黄金比の6 対10であることも理由に挙げていました」と教えてくれました。
模様を施したら、釉薬をかけ、再び窯に入れて1100℃で24時間焼き、完成です。
ここまで見てきて、いかにグスタフスベリのものづくりが丁寧で、厳選した材料を使い、熟練の職人たちの手によって作られているかがよくわかりました。現在、陶磁器ブランドの多くは、国外に工場を構えています。今なお自国に、しかも首都ストックホルムの創業の地に工場を持ち続け、製造しているのは、グスタフスベリ以外にないと言っていいでしょう。
それについてオスカルさんは、「他のブランドがアジアなどに工場を持ち、ローコストで利益を上げる一方、グスタフスベリは1825年以来、約200年間、ここで作り続けています。私たちはコストがかかっても自分たちの手で良質なものを作りたい。そして、そういった良質なものにこそお金を払いたいというお客様がいらっしゃるのです」と語ります。
ジャンルは違えど、私も20年以上、本作り、もの作りに関わってきたクリエイターとして、背筋が伸びるお話でした。
グスタフスベリの秘密を学んだ後は、ショッピングタイム。ファクトリーショップ(Gustavsbergs Porslinsfabrik)を訪れました。
スウェーデンで購入して、自宅で愛用しているのはこちら。今回、久々に、スウェーデンのケーキ「トスカカーカ」も作りました。北欧好きのバイブル、三田陽子さんの料理本『北欧のおやつとごはん』のレシピです。
右奥の「ベルサ」の器は、テーブルに出したときはもちろん、冷蔵庫で保存容器として使っても開けるたびに心が躍ります。プレートはシンプルな食べものほど映えるので、疲れが溜まっているときに手頃なおやつをのせても心が温かくなり癒されます。
なお、グスタフスベリの工場見学は、毎週金曜にオフィシャルツアーを開催しているそう。工場見学をしなくとも、グスタフスベリの町にはお楽しみが詰まっているので、スウェーデンに行かれる際は、ぜひ訪れてみてください。
次回は、フィンランドに戻り、テキスタイルデザインを訪ねる旅を紹介します。
新谷麻佐子さんの北欧旅連載
『今人気の田園ツーリズム。フィンランド、ラトビア、エストニアに行ってきました!』