春の初めのある土曜日。午後から買い物に行こうと思っていた私は、「その前にちょっとだけ」と思い、この本を読み始めました。最初はW主人公のひとり・直美の“きちんと仕事をこなしつつもうんざりした気分”が伝わってきて、こちらもどんよりモードに。
ところが、読み進めるにつれ状況がどんどん変わってきて、直美の心情も変わってきて、「この先どうなるの?」とページをめくる手が止まらない! とりあえず、半分読んだところで家を出て、バスと電車の中で読み、目的の駅に着くと最寄りのカフェに直行。そこで最後まで読み終えて、やっと現実に戻りました(笑)。
それくらい引力が強い小説が、奥田英朗さんの『ナオミとカナコ』です。
奥田さんといえば、破天荒な精神科医を主人公にした『空中ブランコ』で直木賞を受賞。これはシニカルな笑いがちりばめられた小説ですが、『最悪』や『邪魔』のような犯罪小説もあれば、『ガール』のようなOL小説もあれば、『家日和』のような家族小説もある。そのどれもが見てきたかのようにリアルで、読んでハズレなしなのだから、いつも驚いてしまいます。
さて『ナオミとカナコ』ですが、タイトル通りこの小説は、親友同士の直美と加奈子が主人公。前半は直美の目を通して、後半は加奈子の目を通して、ふたりの犯罪――
加奈子の夫の殺害について語られます。
直美は百貨店に就職して7年。大学で学んだことを生かしたいと美術展の仕事を希望したものの、不況でポストがなくなり、現在は外商部勤務。「湯水のようにお金を使う」顧客の買い物の相談だけでなく、個人的な用事にも執事のように付き合う毎日です。「忠誠、信頼関係、そのご褒美としての見返り(買い物)。これが百貨店外商部の循環である」というのだから、いくらそういう仕事と割り切っても、鬱屈が蓄積して当然と思えてきます。
ある日直美は、大学の同級生で唯一の友人・加奈子がエリート銀行員の夫から暴力を受けている事実を知ることに。気がやさしく控えめな加奈子に「誰にも言わないでね」と懇願された直美は、「彼女が頼れる相手は自分しかいない」と重く受け止めます。
普通に考えれば、公的機関や弁護士に相談すべきケースでしょう。ただ、妻が夫の仕返しにおびえきっていたとしたら、どうすればいいのでしょう。執念深い夫はきっとどこまでも妻を追いかけるだろうし、親族にも危害を加えかねないとしたら?
もちろん、それでもまっとうな手段をとるべきだとは思います。ただ、相談を受けた人物が直美のような勝ち気で仕切りたがりな性格だったら、一番有効なのはDV夫の殺害だと考えるようになるかも。しかもそのことで被害者だけでなく自分も、泥沼のような日常から脱出できる気がしてきたとすれば……。
でもまあ、しょせん“夢物語”だったわけです。
この小説が秀逸なのは、そんな“夢物語”が現実へと変わっていく過程が、ものすごく自然だから。そしてなぜ自然かというと、直美の気持ちを後押しするような出来事が続き、いつの間にか自分を正当化できてしまったから。
最初は、仕事のトラブルで対決した中国人女性から“したたかさ”を見せつけられたことでした。
あるとき直美はその女性から「日本の警察は中国のギャングには手を出せない」と聞きます。
やがて直美は加奈子の夫を“殺す”のではなく“排除”なのだと思うようになり、母親を長年DVで苦しめている父親について「早く死んでくれたほうがいいね」と言ってしまうようになり、“排除”計画に役立ちそうな認知症の金持ち未亡人を顧客として受け持つことになり……。
こんなにもゆるやかに殺害のハードルが下がっていき、さらには奇跡のように“駒”として使える人物を見つけられたとしたら、「これは偶然じゃなくて必然。殺すしかないでしょ!」と思うようになるよね――読みながらそんなことを考えている自分が、ちょっとコワイのですが(笑)。
ただし殺害が成功しても、そう簡単に世間が納得するわけはありません。ここからは加奈子の役割になるのですが、警察や夫の職場、夫の親きょうだいからの質問にどう答えるのか? 周囲から疑われないように、うまく未亡人を演じられるのか? そして直美との共犯関係を最後まで持ちこたえられるのか?
その答えは読んでのお楽しみですが、ラスト近くまでたどりついたとき、あなたは“真実がバレればいい派”についているでしょうか。それとも“バレなければいい派”についているでしょうか。
その結果は自分の本当の性格を読み取る、リトマス試験紙になっている……と思えてなりません。