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なぜ毒舌家のおばあちゃんが”伊集院光”にハマったのか

山本圭子

山本圭子

出版社勤務を経て、ライターに。『MORE』『COSMOPOLITAN』『MAQUIA』でブックスコラムを担当したのち、現在『eclat』『青春と読書』などで書評や著者インタビューを手がける。

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朝起きてリビングに行ったら、すぐにテレビをつける。外出先から帰宅したら、まずテレビをつける。

 

つまりテレビがBGM代わりだった私ですが、コロナ禍以降、“ほぼ聞き流すが気になる情報だったら見入る”という今までの習慣が揺らいでいます。あまりにもコロナの情報が多くて、気分が落ち着かないから。

 

自然とBSをつけている時間が長くなりましたが、あるとき新聞で見つけたのが原田ひ香さんの『ラジオ・ガガガ』が文庫化されたとの広告。

 

「久しぶりにラジオに耳を傾けてみようかな」「原田さんの小説は好きなのにこれは読み逃していた!」と同時にふたつのことを考え、とりあえず本を読むほうから始めることにしました。

 

『ラジオ・ガガガ』は6編が収められた短編集。
主人公は深夜ラジオのリスナーやラジオドラマの脚本家志望者などで、性別も年齢もさまざま。ただ全員が“人生でちょっと難儀な局面”にぶつかっています。

 

 

ラジオはそんな彼らにとって救いの手だてだったり、希望の光だったり。
最初は「なぜラジオが?」と不思議でしたが、読み進めるうちに理由が見えた気がしました。

 

書評_photo

『ラジオ・ガガガ』 原田ひ香 双葉文庫 ¥660(税別) リスナー歴35年。信子が深夜ラジオにはまったのは、ひとりで悲しみに耐えていた夜、ビートたけしの番組を聴いたからだった。その他にも、海外でオールナイトニッポンを聴く青年や、こども電話相談室をきっかけに悩みと向き合う少女などを主人公にした6編を収録

 

 

多分それは、ラジオが“語りかける”ものだから。

 

パーソナリティの言葉はもちろん全リスナーに向けられていますが、視覚的要素がないぶん自然と声に親密さが醸し出され、リスナーは“自分に話してくれている”と感じやすい(と思う)。

 

ソーシャルディスタンスが叫ばれている今は特に、“実際に会うことはないであろうパーソナリティや話の内容に近さを感じられる”というラジオの特有の性質が、リスナーの心を動かすように思えました。

 

6編のうち、私がいちばん好きなのは「三匹の子豚たち」。

 

穏やかでサバサバした性格の信子(70歳)が主人公ですが、彼女には毒舌家で強がりな一面もあります。

 

三人の息子(=三匹の子豚)のうち長男と次男は結婚しているので、嫁や孫もいますが、それぞれの性格を見極めてほどほどの付き合い。
個人的にはお手本にしたいくらい、しっかりしたおばあちゃんです。

 

そんな信子は昔から「他人に期待しない」性格で、親や夫の介護を経験して考えたことは「人に迷惑をかけたくない」。そこでケアハウスに入所するのですが、ある日立派な体格の新人介護士・大沢にからだのサイズを聞いてびっくりします。

 

なぜなら、彼の身長・体重がお気に入りの深夜ラジオパーソナリティ・伊集院光と同じだったから!
そして信子はこう思います。
「伊集院さんは実際に見たら、あんな感じなのか」と。

 

信子はなぜ深夜ラジオにハマったのか。
そしてなぜ伊集院光なのか。
このお話はその理由が信子の過去(ちょっと悲しくて寂しい)に関係していることを明らかにしつつ、ただひとりそれに気づいた三男との新たな関係を予感させます。

 

短い中に起伏があるそんなストーリーも面白いのですが、私の胸にいちばん響いたのは、なぜ信子が伊集院光を信頼できると思っているのかを語るところ。

 

深夜ラジオのパーソナリティは、個性だけでなく人間力もなければ継続できないと思いますが、信子は伊集院さんのその特徴や度量に鋭く気づき、心の深い部分で受け止めたのです。

 

そんな信子に刺激を受けたし、「いくつになってもこういう柔らかな感受性を持っていたい」とつくづく思いました。

 

現実で知り合ったわけではなくても、ラジオを通して「本音が面白い、信頼できる」と思える人と出会えたら、人生の幅が広がって豊かになりそう。

最近はたまに車でラジオを流す程度でしたが、スマホでも聴けるわけだし、まずは気になる人がラジオをやっていないかチェックしてみようと考えています。

 

【原田ひ香さんのこれもオススメ!】

書評_photo

原田ひ香 光文社文庫 ¥620(税別) 健介は妻の死後、三人の子どもを育てているシングルファーザー。なじみの食堂で出会った広美がいつの間にか母親代わりになるが、突然彼女がいなくなり……。ふらりと現れてふらりと姿を消す広美の痛快な人生を描いた長編小説

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