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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン4 幸福という名の地獄 第2話 これ以上どうしろと?

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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友人の瞳からは「羨ましい」と言われるけれど、実は退屈すぎる毎日。この閉塞感の中、どう愉しみを見つければいい・・・・・・作家・横森理香が描く、一見、幸せそうに見える大人女子たちのセツナイ内情。乾いた心を癒すマインドスチーム~mist~をどうぞ。

横森理香小説

第2話 これ以上どうしろと?

 

我慢に我慢を重ね、二年間の自粛生活を耐えて来た。会いたい人にも会わず、行きたいところも行かず。貴美子は美術鑑賞が好きで、自分でもいつか絵を描けるようになりたいと、子育てが終わってからは絵画教室に通っていた。

が、それも、コロナで行けなくなってしまった。

 

先生は高齢で、生徒さんからの感染を恐れて、家族の意向で教室を閉めてしまったのだ。

自力でゼロから描ける状態には、まだなっていなかった。これからじっくり時間をかけて、後半の人生を大好きな絵を描いて過ごそうと思っていたのに・・・。

 

 

貴美子は小さい頃から絵が好きで、本当は美大に行きたかったのだが、夫と同じ公務員の厳しい父に反対され、断念した。

 

「絵描きで食えるわけがないだろう。しかも女だてらに油絵なんかやったら、嫁にも行けなくなる」

言われるままに短大を卒業し、役場に勤務、同僚だった夫と結婚した。

寿退社後、一粒種の長男が生まれた。当たり前のように専業主婦として生きて来たが、家事は好きではなかった。

子育ての中、息子と一緒にお絵描きをしているときが、一番楽しかった。

 

趣味の美術鑑賞も、コロナで自粛せざるを得なくなった。別に館内で飲食をするわけではないから、行く人は行っているが、貴美子は心配性だった。美術館やギャラリーの換気が、ほんとうにできているのか不安だったのだ。

 

絵をカルチャーセンターで習う気はなかった。

そもそも、貴美子は風邪をもらいやすいので、たくさんの人が集まる場所には行きたくなかったし、家から歩いて行ける老先生のお宅が、一番安心で心地よかったのだ。

 

御年八十の老画家は、老いてなお、お洒落で素敵だった。

来る生徒さんもわずかで、貴美子一人のときもあった。

奥様が紅茶を淹れて持って来てくださり、先生と二人、陽の当たるアトリエで午後を過ごすあの時間が、貴美子の宝物だった。

 

 

貴美子の実家である家は、夫が建て直したものの、あまり日は当たらなかった。一番日当たりがいい場所にリビングを設置したので、そこには、いつも家族がいた。特に高齢の母親は、ほとんど一日中テレビの前にいて、愚痴を言っている。

コロナ以前なら、行きたい美術展は必ず行っていたので、気分転換も出来た。子育てが終わってから、家事を済ませたら美術館やギャラリーに行き、カフェでお茶するのが貴美子の愉しみだったのだ。瞳もよく一緒に行っていた。

 

 

瞳とは短大で知り合った。いい嫁になりそうな、ふんわりキラキラ女子ばかりが通う短大の家政科で、瞳と貴美子だけが浮いていた。今でいう陰キャの貴美子と、短大には似合わぬ派手なファッションの瞳は、自ずと近寄って行った。

貴美子は下町っ子である瞳の口の悪さにワクワクしたし、自分も瞳と話してるときは、本音で生きる「イケナイ子」になれた。もちろん家族の前では決して見せないが、ホントは貴美子だって、家族や世の中に悪態ついて、自由に生きたかったのだ。

 

だから今でも瞳と話すと、心が軽くなる。瞳となら、話すことはいくらでもあった。

「家族がいるだけマシじゃん。私なんて話す相手、猫だけだよ」

と瞳は言うが、

「話すこともない家族と暮らしている私の立場になってみてよ」

と貴美子はいつも返した。

特に、盆暮れ正月緊急事態宣言下、お休みだからって、家族で行動を共にしなければならないという常識? にがんじがらめになり、ますます心が苦しい。

 

「この年になって三交代制で働くのってほんと疲れるんだよ。働かないでも食べていける、貴美子が羨ましいよ」

と瞳には言われるが、実際、どっちが幸せか分からないと貴美子は思う。

 

安定しているが、夫の給料は決していいとは言えない。その中でやりくりして、買い物といったら近所のスーパー。そこには、地味な主婦と老人しかいなかった。しみったれた内装の小汚いスーパーで、優雅さとは無縁。その所帯じみた雰囲気に浸ると、貴美子はますます、落ち込んでしまうのだった。

 

 

「あーあー、君島先生んちでお茶したいな・・・」

気が付くと口走っている。絵画教室をやっていた君島画伯のお宅は、貴美子の住む町では、ひときわ目立つ洋館だった。お庭も広く、ヴィーナスの像が飾ってあった。庭師が手入れしている木々は美しく、芝生は滑らかなベルベットのよう。小さな洋風の池には、噴水もあった。

 

教室を閉めた今、外から覗くことはできても、中に入ることは出来ない。貴美子はとぼとぼと、スーパーで買いだした食料品が入った重いエコバッグをぶら下げて、君島邸の横を通り過ぎた。

 

自粛生活中に貴美子は、五十の大台に乗った。と同時に、生理もまばらになり、来ない月を更新していた。三カ月に一度が半年に一度となり、

「一年なかったら閉経らしいよ~」

と瞳に言われて、凹んだ。

 

生理が来なくなると急に肌や髪もぱさぱさして来たような気がするし、気持ちも老け込んだ。それまでは、何か希望のようなもの、もしかして人生が大きく変わるような何かが起こるかもしれないという、漠然とした可能性を感じていた貴美子だったが、終わった。

 

自分の人生はもうこれ以上でもこれ以下でもない。

だから、好きな絵を見て、描いて、残りの人生をやり過ごそう。

そう思った矢先の、コロナだった。

楽しみの二大柱を奪われて、貴美子の我慢も、もう限界だった。

 

横森理香小説

イラスト/押金美和

 

◆mist シーズン4第1話、シーズン1、2、3のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。
◆次回は、11月9日(火)公開予定です。お楽しみに。

 

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