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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン6 孫という名の宝物 最終話 孫という名の宝物

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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主人公・佐知は、息子たちの結婚式が終わった後、普段通りの夫と娘の三人の生活を過ごしていた。なんだか寂しいなと思ったが、子供が生まれたら私の出番だと、ひそかに闘志を燃やすのだった・・・・・・連載小説「ミスト」。大人女子の心を潤す6つの物語、ラストです。

ミック・イタヤ

イラスト/ミック・イタヤ

最終話 孫という名の宝物

 

正月明け、変異したオミクロン株は猛威をふるった。

この新しいウィルスは感染しやすく、東京都の感染者数はあっという間に一万人を超えた。しかし重症化しづらいということで、緊急事態宣言は出ないものの、蔓延防止措置が取られた。

 

過去二年間のような厳しい行動制限は出ないものの、人々は自粛慣れしているせいか、感染者数の威力にやられたか、再び巣ごもり生活が始まったのだ。

 

そしてまた、今年の冬は格別に寒かった。近所を散歩する勇気も出ないほどに。

家族はリモートワークで一日中家にいるうえ、休みの日も家にいた。

まるで正月休みが、そのまま続いているようである。

 

 

佐知は憂鬱だった。一分一秒でも長く、家族から離れていたい。

しかし、オミクロン株のおかげで出かけづらくなってしまった。そして初孫の予定日が三月に控えているのに、このまま集まれないし、出かけられないのだろうか。

 

「調子、どう?」

嫌がられるのを承知で、義理の娘、佳恵にラインする。

ラインのアイコンは、ニックネームのヨッシーだ。

「順調です」

味も素っ気もない返信と、超音波検査の映像が送られてきた。

「きゃっ、カワイイ

なんだかもう、人である。最初の頃は、なんかエイリアンみたいだったけど・・・。

「男の子か女の子か分かった?」

「それは生まれるまで聞かないことにしています」

ちっ、それじゃあ、ベビー服の準備もできないではないか。

佐知はイラっとした。

なにしろ最近の楽しみは、アマゾンでベビー服を見ることだけだった。

 

 

オミクロン株が急拡大する前はデパートに行き、産着やおくるみ、新生児用のおもちゃやベビーコッドを買った。本当ならその足で届けたいところだったが、

「無事出産するまで、誰にも会わないことにしてるんです」

と言われた。仕方がないので、宅急便で送りつけた。

と、ここまで男女問わずなので、買い物が楽しめたのだ。しかし・・・。

 

「風邪なんかひいてない?」

二人ともがっちりリモートワークだから、風邪も引くわけがないのだが、妊婦検診に行っている嫁が心配だった。

「大丈夫です」

「なんかあったら言ってね。必要なものとか、すぐ届けるから」

「ありがとうございます」

といっても、佳恵の方からラインしてくることはなかった。

 

 

二人が住むのは、佐知の家からは車でたった十分ぐらいの中目黒。

暇でうずうずしている佐知は、本来ならば世話を焼きに日参したいところだったが、オミクロン株に感染していて無症状なのかもしれず、妊婦に会うのは我慢していた。

「うーん、これもカワイイ カーキ色だったら男の子でも女の子でも大丈夫なのでは?」

クマさん耳のついたフード付きロンパースを思わずポチってしまう佐知だった。

 

あああぁ、つまらないなぁ。女の子だったら、あれも、これも着せてあげたい。花梨のファーストシューズだって履かせてあげられるのに・・・。

それは、待望の女の子が生まれた喜びで、思わず買ってしまったエルメスのファーストシューズだった。オレンジ色の箱をクローゼットの中から取り出し、しげしげと眺める。一緒に入っていたのは、クリストフルのシルバースプーン。

 

「この赤ちゃんは銀のスプーンをくわえて生まれてきた」という英語の言い回しから縁起物となった赤ちゃん用銀のスプーンは、一生食べるものに困らないという願いを込めた贈り物だ。佐知は誰も買ってくれないと思い、自分で買った。花梨の名入りだ。

 

もう一つ、エンジェルと書いてある柄のところに天使のレリーフが飾られる銀のスプーンは、義母から出産祝いにもらった。待望の女の子は、きっと義母にとっても天使のようだったのだろう。

 

桐の箱に入ったへその緒、誕生石のベビーリング、一歳の誕生日のバースデープレート、そして、ベビーヘア。花梨は生まれてからずっと髪を伸ばしていて、小学校に上がる前、初めて切った。その栗色の髪を、この大切な思い出の箱にしまっておいたのだ。

 

 

「ベビースプーンは男の子でも使える・・・」

佐知はその、二十何年も前の銀食器を、丁寧に磨いた。

 「よっこいしょ」

佐知はクローゼットの奥の桐箱から、初参りの掛着物を出した。

久志のぶんと、花梨のぶんがあった。それを虫干ししながら、

「これで男の子が生まれても、女の子が生まれても大丈夫だわ」

とつぶやいた。お食い初めの塗りの器もキッチン戸棚の奥から取り出し、からぶきしておいた。どれも小さくて、可愛かった。

 

春には初孫に会える。

そのことだけを生きがいに、寒い寒い日々をやり過ごした。

 

「どこの産婦人科も、今オミクロン禍で立ち合い出産させてくれないんだって。でも、花梨を産んだクリニックだけが立ち合いさせてくれるから、そこにしたみたい」

「へえ、立ち合うんだ、お兄ちゃん」

「懐かしいなぁ・・・。俺なんか仕事早退して駆け付けたけど、間に合わなかった」

 

家族とももはや愚痴以外話すこともなかったが、赤ちゃんネタになると、みんなが笑顔になった。心が軽くなった。子はかすがいと言うが、孫もかすがいなのだ。

 

「でもあそこも、夫以外の面会NGなんだって。夫も一日一回だけらしいよ」

「残念、すぐ会いたかったのになぁ」

「焦らなくても四日で退院だってよ。昔は一週間入院だったのにねぇ」

「花梨の時は、久志も連れてったよな。個室だったから弁当買ってって、みんなで夕飯食べられたもんな」

 

楽しかった思い出、そして、これからその追体験ができる期待が、家族の心を温めた。

 

◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。

 

◆最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

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