印象評論家の美有姫(重田みゆき)さんの記事、お読みいただけましたでしょうか。ヘアカラーした髪色の色あせが、どんな印象を与えるかというお話、とっても興味深かったですね。詳しくはこちら。
中でもドキリとしたのは、このくだり。
「そもそも色あせは、『ダメージや古さ』を象徴しているのです」
なぜ、ドキリとしたかというと・・・。
ちょうど衣替えの時期。夏物・冬物合わせて、クローゼットからあふれ始めている自分の衣類の整理をし始めました。今、着たいか、着たくないかが基準。去年はさんざん着たのに今年は気分じゃない、って服は潔くサヨウナラできます。着たいけど入らない。これはヤバいですね。息を大きく吸えば入るパンツ・・・・・・。そうっと「捨てるか検討中」のエリアに置きます(おいおい)。ダイエットできる自分を信じてみたい気もします。
これは(入るし)着たい。よしよし。最後に、残された品でひとりファッションショー。40代を過ぎてから「着たいけど、似合わない」衣類が出てきたので、悲しいけど試着チェックが必要です。とはいえ、どうにも外に出たくないレベル以外は着ます。それが好きだから。好きなものを着たいから。
「着たいけど、似合わない」って、体型や顔立ちの変化のせいで似合わなくなるんだな~と、思っていました。例えば、タートルネックが好きでも、あごのお肉が邪魔になってきて似合わない、とか。ラグランスリーブのカットソーは、二の腕が太くなってきたから似合わない、とか。
ところが、今回、美有姫(重田みゆき)さんの記事を読んで、おサラバ候補になってしまった「購入した古着」の「着たいけど、着られない」理由を発見してしまいました。「購入した古着」とは、自分で着古した古着ではなく古着屋さんで買った古着です。
「色あせたものは、着たくても、もう似合わない」くぅっっ。
20代のころほどではないですが、実は古着が好きです。おフランスからやってきた古いコートやシャツ、日本にはない色合いのニット。フロムUSAのクタクタにやわらかくなったトレーナー。最近、季節を超えられなくなった古着の品々は、おしなべて「かなり色あせ」ていました。着たいのに似合わなくなった理由は、これだったのか。ギリギリ30代後半までは、好き!と思って買った古着は、色あせてても似合ってた(はずな)のに。
頭に浮かぶ計算式は、こう。
色あせた素敵な古着 × 20代の自分 = 少し素敵な自分(自画自賛)
色あせた素敵な古着 × 50代の自分 = 色あせた50代の自分
色あせが象徴する「ダメージや古さ」に負けて、「ダメージのある古い50代」なってしまうんですね・・・。(もちろん、素敵な50代の方もいっぱいいますよ~私の場合です)
「年をとったら身ぎれいにしないと」と、洋裁に長けミシンを訪問販売していた明治の女・祖母がよく言ってましたっけ。
お気に入りの古着を見ながら、ひとしきりしょぼぼーんとした後、これからは「服の輝き」に助けてもらうことが大切なのねっと開き直りました。デニムはノンウオッシュにするし、ひどく色あせた古着は、もう着ない!そこそこキレイな印象の50代でいるには、服の力を借りるのよっと息巻く、衣替え2021AW。
そんなある日。見てしまいました。
ある男性スターのインスタを。
海外のミュージシャンや映画が描かれたヴィンテージTシャツを着こなす姿のカッコいいこと! その方御年もうすぐ49歳。
自分から発光できる人は、古着Tシャツの色あせすら輝かせます。さすがスター。
古着を着こなせるかどうかは、年齢じゃない。自分で発光できるかどうか。
頑張れば、私も発光できるのか? 発酵ならできる? いやいや。
お気に入りの古着を抱きしめて、自分を発光させるにはどうしたらいいかを考える、せつない秋の夕暮れでした。
スージーの発光を待つ、古着たち。