梨園のプリンスとして精進しながら、さまざまな挑戦を重ねてきた松本幸四郎さん。爽やかなルックスと身体能力、確かな芸、そして演技力。約1年半前に十代目松本幸四郎を襲名した今は、そこに存在感と風格までも、備わってきた。
そんな彼が主演するシネマ歌舞伎『女殺油地獄』が11月8日に全国公開される。彼が演じたいと熱望し、工夫を重ねてきたこの演目の魅力を、語ってもらった。
撮影/萩庭桂太 ヘア&メイク/AKANE スタイリスト/川田真梨子 取材・文/岡本麻佑
服/ポロ ラルフ ローレン( 問合せ先 /ラルフ ローレン ℡:0120-3274-20)
松本幸四郎さん
Profile
まつもと こうしろう●1973年生まれ、東京都出身。屋号は高麗屋。二代目松本白鸚の長男。’79年3代目松本金太郎を名乗り初舞台。’81年七代目市川染五郎を襲名。2018年十代目松本幸四郎を襲名。古典の二枚目や女方はもとより、演じる役柄は幅広い。近年は『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助、『熊谷陣屋』の熊谷直実、襲名披露で演じた『勧進帳』の弁慶など、父祖の当たり役にも挑み、成果を挙げている。また上方歌舞伎や和事にも積極的に取り組み、新作歌舞伎の上演にも情熱を注いでいる。現代劇やテレビ、映画などでも幅広く活躍している。
●『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』
大阪で起こった実際の事件をもとに近松門左衛門が人形浄瑠璃として著した世話物。複雑な家庭環境でわがままに育った若者・与兵衛(松本幸四郎)。放埒な日々を送る中、借金の返済に追われて同業者の妻・お吉(市川猿之助)に金を無心するが断られ、衝動的に殺人を犯してしまう。
●【シネマ歌舞伎とは】
歌舞伎の舞台公演を撮影し、映画館で楽しめる映像作品。俳優の息遣いや衣裳の細やかな刺繍まで見ることができ、サウンドも舞台の臨場感を立体的に再現しているから、生の舞台とはまた異なる美しさと迫力を身近に堪能できるのが魅力。
残虐シーンも美しく
『女殺油地獄』は、松本幸四郎さんにとって大事な大事な演目。
2018年1月に十代目松本幸四郎を襲名し、それから1年半にわたり日本各地で襲名披露公演を展開する中で、2018年7月の大阪松竹座、つまり真夏の大阪でご当地ネタの『女殺油地獄』を演じ、それをシネマ歌舞伎にすることが、一番の望みだったという。
「『女殺油地獄』はまだ10代の頃、松嶋屋のおじさま(十五代目片岡仁左衛門)の舞台を観て、カッコイイ、素敵だなと思ったのが最初です。僕は上方の芝居が好きですし、いつか演じたいと、目標にしていました。初役のときから松嶋屋のおじさまに、本当に細かく教えていただいたんです」
「ドラマ性の強い演目なのですが、やはり肝心なのは心理描写ですね。しかもどんなシーンでも、どんな動きでも、絵に見えないといけない。美しくなければいけないんです。与兵衛がすねて柱に寄りかかるときの足の位置はここ、殺しのシーンで油にすべって倒れたときの、着物の裾の乱れ方はこう、と、ていねいに教えていただきました。もちろん感情を込めて演じるのは当たり前ですが、理詰めで心理を表すだけでなく、色彩的にも様式的にも、計算され尽くしているんです。根っこがあって、形がある。だからカッコ良く見えるんですね」
この演目を演じたのは、今回で5回目。不条理な殺人を犯す若者・与兵衛をさまざまな解釈で演じてきた。けれど今回は、
「最初に教わったことを大事に、しっかり、きっちり演じました。それを突き詰めていくのが一番だと思ったんです。そこからさらに深めて行こうか、と」
しかもそれを歌舞伎の舞台でやるだけでなく、今回はシネマ歌舞伎という新しいジャンルへの挑戦でもあった。
この記事を書くにあたり、ひと足お先に観たけれど・・・・、たしかにこれは、衝撃的。歌舞伎の舞台では観られない、俳優のクローズアップや正面からの視線、後ろ姿、俯瞰の映像が新鮮だ。いわゆる劇場中継とは、全然違う。
「上演しているときの映像をひとつの材料として、スクリーンで観たときにどう演出するか。やはり、どうしても役者目線のカットが欲しい、では舞台の上にカメラを乗せて撮ってしまおうと、シネマ歌舞伎のためだけにお客様を入れずに演じた部分もあります。歌舞伎は本来なら義太夫をバックに演じますが、その義太夫をカットして演じたところもあります。監督にいろいろアイデアを出していただいて、実現したのはほんの一部なのですが、最終的にこれが今のベストだと、思っています」
凄惨な殺しのシーンは、スローモーションでさらに強烈に。音楽がない部分は、俳優の息づかいが聞こえてきそう。真上の俯瞰からの映像は、悲劇をさらに印象的にする。
「今まで見たことのない歌舞伎になりました。にも関わらず、不自然なところがまったくないことに、逆に驚かされました」
今まで歌舞伎を観るチャンスがなかった人も、シネマ歌舞伎なら気軽に挑戦できる。それがこの魅力的な作品なら、どっぷりと楽しめるはず。
「そうですね、歌舞伎はどういうものか興味をもっていただけるのは、うれしいです。こういうドラマがあるんだ、こういう踊りがあるんだ、と、知っていただきたいです。でも、歌舞伎はシネマ歌舞伎とは違う、ということも、僕は言いたいですね。歌舞伎は、いろいろな言い方ができますが、色彩の美しさと音楽的要素の強い素晴らしい演劇なんです。独特の台詞回しも、人の声を楽器として表現している。他にはない、独特の世界だと思うので、シネマ歌舞伎を入り口に、歌舞伎の舞台にも足を運んでいただきたいです」
今の、そして明日の歌舞伎を担う歌舞伎俳優・松本幸四郎さん。そんな彼がこの先、どんな未来を作るのか、プライベートではどんな顔を見せるのか。
続きは、インタビュー後半へ! 体力勝負の舞台のときの幸四郎さん活力のもとも公開!
11月8日(金)より 東劇ほか全国公開
シネマ歌舞伎第34弾 『女殺油地獄』
原作:近松門左衛門
監修:片岡仁左衛門(舞台公演)
出演:松本幸四郎 市川猿之助 ほか
監督:井上昌典(松竹撮影所)
撮影公演:2018年7月 大阪松竹座公演