「誰にでも、何かをするときには自分のやり方があると思います。しかし、ASD(自閉スペクトラム症)の人はそのこだわりが強すぎてトラブルになることがあります。
ASD(自閉スペクトラム症)には、受動型、積極奇異型、孤立型などのタイプがあり、それぞれに違う困り事があります。この『こだわりが強い』傾向は共通に見られる特性ですが、ASD受動型でこの傾向が強い人のケースを見ていきましょう」(司馬理英子先生)
※大人の発達障害についての基礎知識は第1回参照。
ASD受動型のY美さんの場合
細部にこだわりすぎて全体が把握できない
Y美さん(40歳)は小学生の息子が一人と夫の三人暮らし。最近パートで事務の仕事を始めました。仕事は多岐にわたり、最初の頃は慣れずに時々パニックになることもありましたが、やっと慣れてきました。
口数が少なくおとなしく、言われたことは一生懸命行います。自分の仕事の進め方に強いこだわりがあり、ひとつひとつ丁寧に物事を順序立てて仕上げていこうとします。そのため、何か引っかかることがあると、そこで足踏みをして止まってしまいます。
例えば、企画書の作成をしているときに、一部の内容変更を命じられたり、気になる部分があるとそこで止まってしまい、その先に進めなくなります。その結果、締め切りに間に合わないことも。本来ならば、気になる部分を飛ばして、できるところを先に進めておいて、最後にその部分に戻るようにすれば間に合うかもしれません。
しかし、Y美さんの場合、順番通りに進めないと気がすまないという強いこだわりがあり、臨機応変に対処することができません。
ひとつのことに没頭して、一度に複数のことができない
また、ほかの仕事をしているときに、上司から郵便物の発送の手配を大至急してほしいという依頼があったのですが、返事だけしてすっかり忘れてしまいました。
家でも、料理を始めたらそれに集中してしまい、洗濯物を取り込むのを忘れて雨で濡らしてしまう、煮物を煮込んでいる間に掃除をしようと思い、始めたらそのまま鍋のことを忘れて焦がすといったことは日常茶飯事です。
自分が好きなことには没頭してしまう傾向が強く、大好きな韓国ドラマを見ていると、時間がたつのを忘れ、気づいたら朝になっていることも度々。
昔から家庭や学校、職場で、こうしたことでよく叱られていました。それに適応しようと努力した時期もありますが、頑張りすぎて疲れ果て、うつ状態になったこともあります。
【ASD受動型の特徴】★がY美さんの特徴で、〇は積極奇異型と共通。
★興味のあることにのめり込む
★自分の規則やルールを守ろうとする
★予定変更が苦手
●何をするのも受け身で自分から人にかかわるのが苦手
●自分の気持ちや考えが伝えられない
●ノーと言えずに、人の言いなりになりやすい
●感情表現が苦手で表情が乏しい、もしくはいつもニコニコしている
●外に出かけるのが好きではない
〇相手の気持ちがわかりにくい、空気が読めない
〇言われたことを真に受ける
「ASDの人は、仕事をこなすにあたって自分なりのルーティンがあります。それを完璧にやりたい思いが強いために、一度気になる部分があると、そこが解決しないと先に進めません。
細部ばかりが気になって、全体を把握するのが苦手です。仕事の書類作成も、多少完成度が甘い部分があったとしても、期日までに一定の状態で仕上げることが重要な場合があります。ところがASD の人はその優先順位がつけにくいのです。
そして、突然の予定変更が極端に苦手です。もちろん誰でも好きな人はいないとは思いますが、臨機応変に対処することができず、パニックになり何もできなくなってしまうことも。
このベースにあるのは、好きなことだけに没頭する傾向です。そのため、一度に複数のことを同時進行したり、突然の変更についていけないのです」
【周りのサポート】
「依頼した仕事の期限が守れないことが続いた場合は、叱るのではなく、時々、仕事の進行状態を確認するといいと思います。そのうえで、『止まっているところは後回しにして、ひと通り最後まで終わらせてしまおう』といったアドバイスをします。
Y美さんは以前に過剰適応でうつ症状になったようなので、あまり無理をさせないほうがいいかもしれません。家庭でのことは、できるだけ夫も家事を担い、休日には夫が子どもを外に連れ出すなどして、Y美さんが一人で静かに、好きなことをして過ごす時間を作ってあげるといいと思います」
【当事者へのアドバイス】
「やるべきことをリスト化して、重要度を★★★印などで記して視覚化するといいでしょう。職場なら上司や同僚に相談して、手順でポイントになる部分を聞いてメモに残す。自宅でも、今日することを書き出しておく習慣をつけます。
時間を忘れて没頭してしまいそうな場合は、切り上げるべき時間にアラームをつけるなどして、途中でも切り上げられる工夫が大切です」
※ASD受動型のA子さんの場合は第3回参照
※ASD積極奇異型のH美さんの場合は第4回参照
※ASD積極奇異型のM子さんの場合は第5回参照
【教えていただいた方】
司馬クリニック院長。岡山大学医学部・同大学院卒業後、1983年渡米。アメリカで4人の子どもを育てながら、ADHDについて研鑽を深め、1997年に帰国後、東京都武蔵野市に発達障害専門のクリニック「司馬クリニック」を開院。著書は『のび太・ジャイアン症候群』(主婦の友社)をはじめ、『わたし、ADHDガール。恋と仕事で困ってます』(東洋館出版社)、近著『もしかして発達障害?「うまくいかない」がラクになる』(主婦の友社)など、多数。
イラスト/小迎裕美子 取材・文/山村浩子