【教えていただいた方】
福島県立医科大学 ふくしま子ども・女性医療支援センター 特任教授。日本産科婦人科学会・日本女性医学学会女性ヘルスケア専門医・指導医。専門は更年期医療学、女性心身医学、女性ヘルスケア。相談やカウンセリングを中心としたケアサポートとともに、最新のテクノロジーや視点を取り入れて、更年期を取り巻く環境や文化を積極的にアップデート。
HRTをやる気満々で来院した方が実はバセドウ病だった!
更年期になるとさまざまな不調が現れます。突然、カーッと顔や体が熱くなって、汗が噴き出して止まらない…これも更年期によくある症状のひとつ。
「更年期になってエストロゲンの分泌が低下すると、脳の視床下部が混乱して自律神経が乱れます。自律神経は呼吸、体温、血圧、心拍、消化、代謝、排泄など、私たちの生命を維持する働きをしているため、心身にさまざまな不調が現れます。これが更年期症状の原因のひとつです。
体温調整がうまくできなくて、突然大量の汗をかいたり、のぼせなどのホットフラッシュを起こすのもそのひとつです」(小川真里子先生)
こうした症状も更年期だと思い込み、しょうがないことと我慢している人もいるのではないでしょうか?
「ところが、この更年期とよく似ている症状の病気があります。それが『甲状腺機能亢進症』で、そのひとつが『バセドウ病』です。
実際に私が婦人科で診た患者さんの例があります。
50代で発汗と月経不順、動悸がして疲れやすいという症状で、仕事にも支障が出始めたことで来院しました。ご本人としても、年齢的にも更年期だと思い込んで、HRT(ホルモン補充療法)などの治療をやる気でいらしたようです。
ところが、血液検査で甲状腺の異常が認められたので、内科の内分泌専門医を紹介したのですが、結果はバセドウ病でした。バセドウ病の治療をしたら、本人が更年期症状だと思っていたさまざまな症状が改善したといったケースは結構あります」
発汗に加えて手の震えがあったら要注意!
では甲状腺の病気、「バセドウ病」とはどんな病気なのでしょうか?
「甲状腺は喉仏の下にある内分泌腺です。蝶々が羽を広げたような形をしていて、平均的な大きさは左右それぞれ縦4~5 ㎝、横1.5~2㎝、厚さ1~1.5㎝です。小さく感じるのですが、内分泌腺としては最大の臓器です。
この甲状腺では甲状腺ホルモンが分泌されます。甲状腺ホルモンは血液の流れに乗って心臓、肝臓、腎臓、脳などの臓器、全身の細胞に運ばれ、体の新陳代謝を活発にする働きをしています。子どもの発育をはじめ、人間に欠かせないホルモンです」
【甲状腺ホルモンの働き】
- 体温の調整
- 脳の活性化
- 新陳代謝の促進(脂質代謝や糖代謝を促進、骨の強化など)
- 心臓や胃腸の活性化
「バセドウ病は免疫系が過剰に反応して、甲状腺が刺激されることで甲状腺ホルモンが過剰に作られてしまう、自己免疫疾患のひとつです。甲状腺ホルモンは新陳代謝を調整しているので、これが多くなると、暑がりになり、汗をかきやすくなるなどの症状が現れます。
罹患の男女比は男性1:女性3~5で女性が男性の約4倍。男女ともに30代~40代に多く発現します。発症の原因は遺伝や外傷、ストレスなどといわれることもありますが、実際のところははっきりわかっていません。生活習慣に気をつけていても、発症するときはする…といった病気です」
【バセドウ病のおもな症状】
「多汗のほかに、内臓の働きが活発になり、特に心臓が影響を受けやすいことから高血圧や動悸、腸のぜん動運動が活発になるので腹痛、下痢、軟便になることもあります。ほかに手足の震えや筋力の低下、倦怠感、不眠、集中力の低下がおもな症状です。
特に特徴的なのが、眼球突出、甲状腺の腫れ(首の腫れ)、頻脈の3つの症状です。
眼球突出は眼球の後ろにある脂肪細胞や眼球を動かす筋肉に炎症やむくみが生じることで起こります。この症状は顕著に現れる人と、目立たない人、まったく症状が出ない人もいます。
多汗で月経不順などを伴うことが多いので、更年期の症状と間違われがちですが、この3つと、手の震えがある場合はバセドウ病が疑われるので、内科を受診することをおすすめします。
確定診断は上記の所見と血液検査で行われます。私が診ている婦人科では更年期の血液検査※に甲状腺ホルモン値も含めているので、その数値でバセドウ病が疑われる場合は内科を受診するように促しています。
※婦人科の更年期の血液検査に甲状腺ホルモンの項目を設けているかどうかは、各医療機関によって異なります。甲状腺が気になる場合は、医師にその旨を伝えるといいでしょう。
内科の専門医での検査では、血液検査に加え、場合により甲状腺シンチグラフィというアイソトープ(放射性ヨウ素)検査、甲状腺の大きさを確認するために超音波検査(エコー)、心不全が疑われる場合は胸部レントゲン検査や心電図検査などを行い、総合的に判断します。
治療は抗甲状腺薬(チアマゾール、プロピルチオウラシルなど)の内服薬で、甲状腺ホルモンの分泌を抑える治療から始めます。動悸や頻脈などの交感神経過敏による症状には対症療法としてβ遮断薬が使用されることもあります。
また症状に応じて、アイソトープ内服薬の治療や甲状腺組織を外科的に切除する手術療法を行うこともあります。
バセドウ病と判明したら、定期的に通院して、症状を診つつ薬の種類や量を調整していきます。自分で気をつけることは、甲状腺ホルモンの高い状態のときは、心臓への負担を考えて激しい運動やストレス過多な生活を避けることが大切です」
イラスト/内藤しなこ 取材・文/山村浩子