『燕は戻ってこない』
著者インタビュー
日進月歩の生殖医療。
女性の心身の自由について考えました
桐野夏生さん
きりの なつお●1951年、石川県生まれ。’93年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。’99年『柔らかな頰』で直木賞を受賞。『OUT』『グロテスク』『残虐記』『魂萌え!』『東京島』『女神記』『ナニカアル』など、代表作多数。
2015年には紫綬褒章を受章。’21年、女性初の日本ペンクラブ会長就任
Interview
低賃金の非正規労働者で29歳のリキと、不妊治療を続けてきた40代の基&悠子夫妻。リキは二人から「代理母出産」を頼まれ…。生殖医療をテーマにした最新作は、子を持つ持たない、さまざまな人に思いを巡らすと同時に、彼女らの選択と行く末を見届けずにはいられない吸引力を持つ。執筆のきっかけは?
「今、生殖医療は世界的な社会問題で、技術も日進月歩。でもその前に、そもそも治療を受ける女性の心や体は追いついているのだろうかと。そこは掘り下げて考えたいと思いました」
同時に強く書きたかったのが「代理母」を依頼されるリキだったとも。
「非正規で働く若い女性の貧困にも問題提起をしたかったんです。彼女たちは年収200万円以下だと聞きます。生殖医療が進化すると、リキみたいな境遇の女性に『卵子を提供し、代理出産をしろ』という話が、当たり前になる時代が来るかもしれません。
妊娠・出産は命がけですることです。貧困を理由に、女性が体の自由を奪われていいはずがない。そこでまずは『生殖機能を搾取される若い女の人』という設定で物語を書き始めました」
進化し続ける医療、そしてお金で悩みが消え、幸せになれると思いがちな時代の中で、「本当にそうなのか」「どの選択が最善か」と葛藤する登場人物たち。その中で別の視点を持つのが、悠子の友人・りりこ。彼女はアセクシャルという他者に対して性的欲求を抱かない人。
「こういう立場の方もいますよね。彼女の性格は私の創作ですが、セックスが嫌いでも性交には興味があり、春画を描いている。悠子やリキに比べてはっきりとしたキャラだけに、書いていてスカッとできた場面もありました(笑)」
今作も含め、デビューから約30年にわたり女性たちの「今」を書き続ける桐野さんですが、中年期以降の人生にどんな思いを抱き、日々を過ごしていますか?
「私が50歳ぐらいの頃は、更年期の真っ最中。ホットフラッシュに10年近く悩まされながら、小説を書いていました。中年期以降を楽しく生きるコツは、小さくてもいいから楽しみを見つけることですね。
私はバレエストレッチを20年以上習っていて、そこでできた同世代の仲間との時間を大切にしています。日本の女性は本当にすごいと思います。家事をして、介護をして、わずかな時間やお金の中で趣味を楽しむバイタリティもある。彼女たちが向かい合う現実から、考察を深めることも多々。女性の生き方や、我々を取り巻く社会について、書きたいことは尽きません!」
『燕は戻ってこない』
桐野夏生 著/集英社
2,090円
29歳独身のリキは貧しさから抜け出せない、地方出身の非正規労働者。ある日同僚のテルから「卵子がお金になる」と聞き、生殖医療専門クリニックの存在を知る。そこで持ちかけられたのは、国内では認められていない「代理母出産=卵子と子宮の提供」だった…。
撮影/露木聡子 取材・原文/石井絵里