五浦、知っていますか?
こ、これは火曜★スペンス劇場か、ヒッチコックの『断崖』?! と思わずつぶやいた海を臨む崖。しかも臨んでいる海が、青・碧・あお、さまざまな青が美しい。どこですか、ここ?
ええ、ここが五浦でした。前回の「袋田の滝」よりずっと東、太平洋に面した五浦海岸。
五浦は、「いづら」と読みます。
文字通り五つの浦。胸がすく海と空、人知の及ばぬ力がつくる複雑な海岸線、見飽きることのない5つの浦。
ここに惚れ込んだのは岡倉天心(岡倉覚三)でした。
えっと? 岡倉天心、誰? そうですよね。
岡倉天心と聞いて、私も遠いかなたの教科書の記憶を引っ張ってきました。
少し調べてみると、開校直後の東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)で校長を務めた人物。
その時、なんと27歳だったのだそう。
そして、そもそも彼が、日本に芸術のための学校を! と奔走したからこそ、東京美術学校が生まれた。
さらに初めて日本美術を通史としてまとめた人でもあるとのこと。うーむ、知らなかった。
その天心が五浦を見つけて愛し、晩年はここで暮らしたのだそうです。今も五浦に残る彼の住居からは、海、波、そして水平線、複雑に絡み合う岩礁、急な崖、対比するような穏やかな浜も見えます。
小さな岬の突端にはやはり彼が建てたという「六角堂」もあります。
創建当初の「六角堂」は流され、現在のものは東日本大震災後に復建されたもので、茨城大学により大切に守られています。
このあたりのことすべて、五浦の海を臨む高台に建つ「茨城県天心記念五浦美術館」で教えてもらいました。
ここは、天心直筆の書簡資料や、横山大観をはじめ五浦に集まった芸術家たちの作品が鑑賞できる美術館。
館内にある「岡倉天心記念室」では、毎日11時と14時から、スタッフの方によるガイドツアーもあります。
美の巨人が選んだ地、五浦~茨城県天心記念五浦美術館
天心は東京美術学校を辞した後、ボストン美術館の中国・日本美術部に迎えられます。
そこで美術品を整理するため、日本とボストンを往復するように。
ちなみに私、ボストン美術館に15年ほど前に行き、浮世絵はじめ日本美術の充実っぷりに感動したのです。
そうか……あれはこの人が、とここでつながりました。
茨城県天心記念五浦美術館、ガイドツアーがすばらしかった!
また彼は、彼を慕う芸術家たちと日本美術院も創設します。その絵画分野の拠点を五浦に置くと、横山大観、菱田春草らも五浦に移住してきたのです。
かくして、ここ五浦が近代日本美術の一つの拠点に。
美の巨人たちが、作品を生み出しながら過ごした場所、それが五浦。
「茨城にねえ、知らなかった。確かに日本画心が刺激されそうな絶景だ」と、相方。
この美術館、建物もとてもいいのです。
華美さはなく質実で、堅牢さとほっとする感じが不思議に同居している。
館内の光の入り方も独特でおもしろい。遠くから海とともに見えるこの建物の全貌も景観をより美しくしているよう。
設計は内藤廣氏。とらや! とすぐに思い至ったのは私だけでしょうか。
とらやさんは、京都店も赤坂店も内藤さんによるもの。
ほかにも京都鳩居堂、新しい銀座線渋谷駅、島根県芸術文化センターなど、内藤建築は過去に訪ねて印象深かった建物ばかりです。
横山大観の家に泊まれるんですってよ
今夜の宿は、この美術館から海沿いを歩いて10分ほどの「五浦観光ホテル」。五浦の絶景を見渡せる温泉宿です。
こちらで、天心を慕い五浦へやってきた日本画の巨匠、横山大観の自邸を今も大切に保存していると耳にしました。
え、見たい…とつぶやいてみたら、なんと見せていただけることに。しかも、その横山大観邸、泊まれるのだそうです。
ああ、ただただ感嘆。大観邸は海を臨む素晴らしい日本建築でした。
しかも、家の両側が海。一方には静かな入り江、一方には松林そして外洋、かなたに朝陽がのぼる水平線、太平洋が横たわります。
端正な障子をあけると海。ああ、もう一度ため息。
「朝陽の美しさには命を洗われるようです」と案内してくださった女将。
「家具や調度品も大観が使ったものを、手入れしてそのまま使わせていただいています」とのこと。
もしかしたら大観もここで? と思いつつ、ラタンの長椅子でゆったり、まったり海を見ていられます。夢か?
(宿泊が気になる方はお問い合わせを)
ところで、大観邸を案内してくだった女将、おふたり?
村田和華子さん、村田知世さん、どちらが女将? と思っておりましたら、なんとこちらのお宿、女将がおふたりで、ダブル女将。それも“名物”なのだそう。
昨年10月、マイクポップコーンとのコラボによる“いばらき女将ポップコーン”が販売されました(すでに完売)。
このポップコーンには1袋につき1枚、茨城県内の名物女将カード(ブロマイド的な)がついていたのです。
これが一部マニア(スイマセン)の間で話題になり、テレビで取り上げられたり、フリマサイトに出品されるほどの人気に。
こちらダブル女将ということもあり、大人気カードだったのだそう。
「本館か新館、どちらかで必ずお客様をお迎えして、晩ごはん、そして朝食もご案内していますので、ぜひ会いに来てください」と知世女将。
そして、今夜のお楽しみ、どぶ汁をお世話してくださるのは、和華子女将です。
あんこう鍋はどぶ汁なのか?
茨城県と言えば、あんこう。あんこうは、海の比較的深いところに棲む魚。大き目の顔(頭)のユニークな姿、外見はクスっとしたくなります。
以前、テレビで茨城県の観光関係の方が、頭にあんこう(生じゃない)をかぶっていて笑っちゃいましたが、そのくらい茨城な魚なのですね。
ちなみに、生きているあんこうは、アクアワールド茨城県大洗水族館で見られます(この水族館もすごい)。
で、どぶ汁。水戸や大洗でもあんこう鍋は食べられますが、もっと北である五浦では、あれとはまたちがう、“本場どぶ汁”が味わえると聞いて楽しみにしていました。
どぶ汁というのは、漁師さんたちが船上で食べていた漁師料理。本来は水を全く使わず、あんこうのすべてと大根に、味噌を入れて、具材の水分で煮込む鍋なのだそう。
鍋と大根と味噌を持ち込めば船上でかんたんにできる、そしてあんこうを存分に味わえる料理と聞けば納得です。
「うちでは味噌だけでなく、ベースにおだしも入れて優しい味わいにしているんです。そこにあん肝を溶き入れます。それでも臭みはなし。とにかく新鮮さがいのち。こちらも今朝揚がったあんこうです」と和華子女将。
つまり、洗練されたどぶ汁かな。ちなみに、どぶ汁の名は、あん肝が溶け出して汁がどぶのように濁るから、とか諸説あるそうです。
ぷるんと弾力がある筋肉質な白身。部位によって鶏のモモのような食感もあり。皮と身の間のコラーゲン的な、ゼリー状のところのなんとも独特な味わい、うまみたっぷりの骨の周り、部位で味わう七変化です。
あんこうから出るだしとあん肝と味噌でぐつぐつと煮込まれた野菜、そのうま味と、濃厚なスープもいい。
これには地酒でしょうということで、この夜は「大観」「副将軍」「霧つくば」の地酒3種が味わえる利酒セットを。
ああ、幸せすぎる!
朝陽に心あらわれる、太平洋の朝日のすごさよ
明けて朝。朝陽と言えば太平洋です。
早起きして、海が見える絶景温泉に入り、朝陽を思わず拝みました。
そして、海を見ながら豪華な朝ご飯をいただき、もういちどざぶんと温泉につかってから帰路へ。
五浦までは、水戸からなら車で2時間弱のドライブ。
また最寄り駅の大津港駅からはタクシーで約5分、常磐線の特急が止まる磯原駅からならタクシーで17,8分です。
私たちは、荷物をホテルから宅配便で送り、手ぶらになって、帰りは電車にしました。
タクシーで磯原駅へ向かう途中、運転手さんに、「おすすめのお土産、ありますか?」と聞くと、教えてくれたのが「久利山精肉店」さんのから揚げ。え? から揚げ???
「揚げたて買えますよ、寄りますか?」と聞かれて「寄りますー!」と合唱。
するとなんと、揚げたてのチューリップから揚げが! これがうんまい!
甘めのたれにつけてある、かりっかり感&ジューシーさ満点の絶妙なから揚げ、ちょっとジャンクな気配(あくまで気配)もたまらなかった、また食べたい。
夏の五浦もいいだろうなー、次は夏五浦だな、と誓いながら帰路につきました。
※最終回は、水戸へごきげんひとり旅です。
【DATA】
五浦観光ホテル
※景色は部屋により異なります。予約の時にご確認ください。