「介護」を描いた映画、と聞くと、みなさんどう感じるでしょう?
10年前だったら「お金を払ってまでして介護の映画をみるのはちょっと気が重い……」と思ったり、悲惨な現場を少しこわいもの見たさで覗く感じやどこか他人事としてみるようで気が進まなかったと思います。
でも最近は、介護の映画がたくさん作られるようになりました。
どの作品も介護の現場を暗いものとはとらえず、笑いやペーソスを含んで描いていたり、認知症が進む親にどう接していくかに主眼を置いていたりと、介護する側の生活と心の変化を描いていているのが特徴でした。
それに対してこの作品は、介護が終わった後の気持ちを重視している点が新鮮です。
「八重子のハミング」
小学校の国語教師、石崎慎吾(升毅)は癌に侵され4度の手術で生還しますが、音楽教師であった妻、八重子(高橋洋子)が看病の疲れからか、若年性アルツハイマーを発症してしまいます。そんな八重子を12年間も介護し続ける慎吾の姿を、回想録として語り継いでいく物語です。自身の実体験を綴った陽信孝の同名小説が原作。
少子高齢化が深刻化する中、介護の問題を「子育てする」のと同じ感覚で描いていて、後味の悪い映画にはなっていません。確かに一番大変な下の世話の話は出て来ますが、そこは映像化せず、しかしちょっとびっくりするようなエピソードで語られます。
夫は常に怒りや絶望感にとらわれず、愛する妻のためだけに介護を続ける。決して後悔はしたくない。そんな思いが、娘に、孫に、近所の住民たちに、また二人が元教師であったことから教え子たちへと優しさの連鎖を生んでいきます。ここがこの映画の最も重要な部分。
それが理由か、映画を観終わった後に、一種のすがすがしささえ感じて、はっとしてしまうのです。淡々とした描き方で、カメラをパンしたりズーミングすることもほとんどなく、第三者の目で見ていることを強く意識させます。
ロケ地は、山口県萩市を中心に美しい場所が厳選されています。
椿の群生林や藍場川のほとりなどは、原作者の妻である八重子さんが好きだった場所としてこだわって選ばれ、市や住民の全面協力によって撮影されたそう。
その山口県で昨年先行公開され、2万5千人以上の動員を記録したことで、このGW後半の6日に全国公開が決定しました。
監督はデビュー作の「日はまた昇る」で大絶賛を受け、「半落ち」で日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した佐々部清監督。ほか最近では、「夕凪の街、桜の国」「日輪の遺産」「ツレがうつになりまして。」など監督作品多数。
主演は42年の芸能生活で初の主演となる升毅。NHK朝ドラ「春が来た」のお父さん役として記憶に新しいところ。
八重子役は「旅の重さ」で鮮烈デビューし、やはり朝ドラ「北の家族」のヒロインにも抜擢された高橋洋子です。
28年ぶりの映画出演だったそうですが、この夫婦二人の様子が真に迫ってきます。
介護される側や、介護する人を支える家族の様子には、自分がこの立場だったら……と振り返って考えてしまいます。また二宮慶多演じる孫の、八重子おばあちゃんへの接し方にはぐっとくるものがありました。
『八重子のハミング』は、まだ今ほど介護が日々の話題にのぼることのなかった頃に実際にあった物語です。家族や地域の人をいいかたちで「巻き込んだ」この介護のかたちは、今の状況とは、また都会での介護事情とは異なるかもしれません。実際に介護が自分の生活のなかでリアルな人とそうでない人で、とらえ方感じ方も違うと思います。でも変わらないのは、人への思いの寄せかた。そんな人に寄り添うやさしさを誠実に描いているのがこの映画です。
お金を払ってまで介護映画なんて見たくない、という人にこそ見てほしい1本です。
『八重子のハミング』
5月6日(土) 有楽町スバル座ほか、全国ロードショー
監督・脚本:佐々部 清
原作:陽 信孝 「八重子のハミング」(小学館)
出演:升毅 高橋洋子
文音 中村優一 安倍萌生 辻伊吹 二宮慶多 上月佐知子 月影瞳 朝加真由美 井上順 梅沢富美男
製作:Team 『八重子のハミング』 シネムーブ/北斗/オフィスen
配給:アークエンタテインメント
公式HP:http://yaeko-humming.jp
エンディング曲:谷村新司 「いい日旅立ち」 (avex io /DAD)
劇中曲:谷村新司 「昴」 (avex io /DAD)
(C)Team『八重子のハミング』