今や「日本人の2人に1人が罹患する」といわれているがん。OurAge世代は特に、乳がんや婦人科系のがんに注意が必要な世代です。今回は、がんの経験者にご自身の体と心に起きたことを伺いつつ、各分野の専門家の皆さんに疑問や不安に対するアドバイスをいただきました。心のケアはもちろん、がんと前向きに闘うための経済情報などもご紹介します。
朝倉匠子さん
SHOKO ASAKURA
エイジング・スペシャリスト。コマーシャルモデル、テレビ司会などで活躍した後、渡米。NPO法人アンチエイジングネットワーク理事。シニアルネサンス財団理事。日本抗加齢医学会正会員。OurAgeで「キラキラの源」を連載中。
保坂 隆さん
TAKASHI HOSAKA
慶應義塾大学医学部卒業。聖路加国際病院リエゾンセンター長。同精神腫瘍科部長。聖路加国際大学臨床教授。京都府立医大客員教授。東京医科歯科大学医学部非常勤講師。高野山大学客員教授
これから自分に起こることを想像して
ネガティブに(朝倉)
朝倉 私は昨年、乳がんを発症しました。幸いにして段階はステージ1。リンパへの転移もなく放射線治療も不要、乳房も温存できるという、非常にラッキーなケースでした。ところが手術前、長年続けてきたHRT(ホルモン補充療法)をホルモン療法(※)のために中止し、女性ホルモンを止める薬を飲みはじめた途端、体調が一変。生活に支障が出るほどの症状に悩まされたのです。
保坂 どのような症状が出ましたか?
朝倉 まず1週間ほどで肌の乾燥がひどくなり、髪はパサパサ、目もガイコツのように落ちくぼみ…。まるで体中の水分が抜け出ていくような感じでした。唾液も出なくなったせいで口の中が痛み、食事も楽しめない。しかもその薬は、この先5年間も飲み続けなければいけないのです。それが何よりショックで、うつ状態に陥りました。
保坂 99.9%の人は、がんと言われたことにショックを受けるのに、匠子さんはホルモンのことで落ち込んだ。
朝倉 女性ホルモンの重要性を熟知していただけに、これから自分に起こる事態を想像して、どんどんネガティブになっていったのです。この超ポジティブな性格の私が、気がつくとスマホで「死ぬ方法」を検索していたのですから相当ですよ(笑)。知人の紹介で保坂先生にお会いしたのはちょうどその頃です。がん患者の心のケアを目的とした「精神腫瘍科」があることも、そのとき初めて知りました。この科は全国でもまだまだ少ないですよね?
保坂 少ないです。ですが、がん診療連携拠点病院には、心のケアについて相談できる窓口や緩和ケアなどがあります。主治医や看護師に聞けば教えてくれるので、ぜひ利用してください。
朝倉 私は保坂先生のカウンセリングで、うつ状態から立ち直りました。心のケアは本当に重要だと思います。
保坂 一般的な精神科の医師は、健康な体で「死にたい」と言っている患者さんを生かすのが仕事ですが、精神腫瘍科の医師は、病気の体で「生きたい」と言っている患者さんを助けるのが仕事。方向性が逆なので、当然アプローチの仕方も違ってきます。僕自身、今の部署に来たとき「30年も精神科医をしてきたのだから、そのノウハウをがん患者さんにも生かせばいい」と思っていました。ところが、そんな経験は何の役にも立たなかった。なぜなら、がんには「死」が大きくかかわるから。
※女性ホルモンであるエストロゲンの分泌や作用をホルモン療法剤で阻害し、乳がんの再発を防ぐ治療法。副作用として、更年期様症状が現れることも
朝倉さんと保坂先生の対談は次のページに続きます。
がん治療中のうつには、
心因性とホルモンによるものが(保坂)
保坂 ほとんどの人は、がんを告知された瞬間、頭の中に死がよぎります。そして頭が真っ白になって何も考えられない「衝撃の段階」が2〜3日続き、次にあえてがんのことを考えないようにして自己防衛をするタームに入ります。そのあとでじわじわと現実と向き合って、ワーッと泣いたりする。匠子さんの場合、ホルモン療法を始めた頃が、衝撃の段階だったのでしょう。
朝倉 そうですね。私は仕事柄、キレイでいることが心の支えだったのに、これからは積極的におばあさんになっていかなくてはいけない。そこに絶望を感じたのです。
保坂 がん患者さんのうつはいくつかあって、告知を受けた初期の段階で、うつになる人もいれば、手術や化学療法を経てホルモン療法を始めてから、うつを発症する人もいます。前者は心因性ですが、後者のホルモンによるうつの場合は、はっきりした理由がわからない。おそらく脳の中のエストロゲンやプロゲステロンなどのレセプターがブロックされて、最終的にセロトニンの分泌が減ってうつ病になるのではないか、と考えられています。
朝倉 なるほど、そうなんですね。
保坂 実は、がん患者のうつって医師も家族も見過ごしやすいんですよ。担当医は「自分の患者がうつになるわけがない」と思いがちだし、家族は「うちはうつの家系じゃないから」と考えてしまうので。また、泣いていても痩せてきても「がんだから仕方ないよね」と思ってしまう点も危ない。特に乳腺外科の医師は、うつの可能性を考慮しながら治療すべきだと思います。
朝倉 本当にそうですね。そして、がんになると思考がネガティブになりがちですが、止める方法はありますか?
保坂 脳は根暗な臓器で、過去を考えると後悔のネタを探し、将来を考えると不安のネタを探すものなんです(笑)。対策として有効なのは、今この瞬間だけにフォーカスすること。過去も将来も考えない。「また暗いことを考えている」と、脳を客観視するのも効果的です。さらに脳は一度に一つのことしか考えられないので、片づけやゲームなどに集中するとポンと思考がはずれます。
朝倉 そういう方法を知っておくだけでも違いますよね。やっぱり心と体、両輪そろってこその健康。どん底まで落ちた私の体調は、漢方薬を取り入れたことで落ち着いてきました。提唱するアクティブ・エイジングも、今後は「病気になっても知識と周囲からの愛で乗り越え、美しく前向きに年を重ねていく」という方向に広げて、人生と向き合っていきたいと思います。
保坂 今は必ずしもがん=死ではありません。つらいときは医師や看護師に相談してください。心のケアも受けながら、前向きに治療していきましょう。
次回は「がん」といわれた時に知りたい、診療面のことについてご紹介します。
撮影/フルフォード海 イラスト/石田奈緒美 取材・原文/上田恵子