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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン2 コロナ同棲 第1話 突然の別れ

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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「大人のリアリティ小説~mist(ミスト)~」シーズン2スタート。思いもよらぬ別れを経験する主人公・美穂。コロナ禍の生活の中で最後に見つけたものとは・・・一見、幸せそうに見える大人女子も、実はセツナイ内情があるもの。横森先生がお届けする、乾いた心を癒す、フェイシャルスチームならぬマインドスチーム~mist~をどうぞ。

横森理香 コロナ同棲

第1話 突然の別れ

 

美穂は13年間結婚していた男と、2年前に別れた。普通に暮らしていたある日、突然夫は、いなくなったのだ。

 

蒸発、というのではない。帰ってこないので携帯に電話をすると、

「しばらく一人にしてくれ」

とだけ言われた。

「なんで?」

と当然聞いたが、

「一人になりたいんだ」

の一点張りだった。

 

そのうち、美穂が会社に行っている間に、コソコソ着替えやら所持品を運び出すようになった。杉並にある夫の実家に電話をしても、そこにはいないようだから、たぶんどこかに部屋を借りたのだろう。

念のため会社にも電話で確認したが、出勤はしているようだった。二人ともIT関連の会社勤めで、夫とは職場結婚だった。美穂は結婚と同時に辞め、別の会社に転職した。ウェブデザイナーという仕事柄、選ばなければ就職先はいくらでもあった。

 

しかし、二人で住むためにローンを組んで購入した2LDKのマンションは、一人では広すぎた。子供は夫が欲しがらなかったので作らず、美穂もどっちでもいいかと思っているうちに、四十も半ばを過ぎていた。

 

 

別れる一年前、二人で飼い、子供のように可愛がっていたウサギが死んだ。ウサギの平均寿命は十年だというから、九年生きてくれたのは大往生と言えば言えるが、美穂はペットロスになってしまった。

毎晩ワインをがぶ飲みし、泣いてはウサギの話ばかりしていたから、それで夫は嫌気がさしてしまったのではないか。いいや、ペットロスからは数カ月で立ち直ったから、それが直接の原因ではないはずだ。

 

思えば、夫はあれほど可愛がっていたウサギが死んだときも、あまり悲しがらなかった。

そこがまずひどいと、美穂は思った。

二人の子供代わりだったのに、夫は泣きもしなければ、葬儀代も出さなかった。

 

ネットでペットセレモニーという小動物専門の葬儀屋を選んで、移動火葬車でマンションの前で焼いてもらった。

が、夫は家に居ながら、遺体を運ぶこともしなければ、お骨拾いもしないのだった。

「俺はいいよ」

とだけ言い、全ての事は、支払いも含めて美穂がやった。

ひどい、ひど過ぎる・・・。

 

そもそも、結婚式の費用だって、夫は一銭も払っていないのだ。あの頃は二人とも給料が良くなかったから、婚約指輪は夫の母親がお金を出してくれ、結婚指輪は美穂が買った。

夫は、

「俺はどうせしないし、いらないよ」

と言ったが、

「それじゃあ結婚式の指輪交換はどうするのよ?!」

と美穂がキレ、結局自分で購入してしまったのだ。

両家だけの人前式だったが、その費用も美穂が手付金を出しておき、祝い金でまかなった。考えれば考えるほど、夫が許せなくなって来る。

 

そもそも、一人になりたいってなんなん?

色々考えるうちに、美穂は眠れなくなってきた。

 

 

もともと、料理が好きな方ではなかったが、夫がいれば、仕事帰りにデリに寄り、ワインに合うものを色々と見繕っては、毎晩二人で晩酌したものだ。が、一人だと食事もどうでも良くなって、ワインだけを飲むようになった。

毎晩一人で一本空けるようになってしまい、ソファで泥酔するが、酔いがさめると同時に目が覚めてしまう。そこからはもう眠れないから、睡眠時間は数時間だけだ。睡眠不足の上に、考えれば考えるほど、夫に対する恨みがつのった。

 

 

そもそも、家のローンを払ってもらっているからって、生活費は美穂の負担であった。贅沢をすればするほど、美穂の財布は寂しくなり、かつてはよくしていた旅行も、いつしかしなくなっていた。

「このワイン美味しいね、やっぱりディンデリはうまいね」

などと言いながら、ラグジュアリーな食生活を楽しんでいた夫。二人のために何か買って来た試しは、一度もなかった。

 

考えれば考えるほど悔しくなって、泥酔してもわずか一時間で目が覚めてしまう。足元はふらつき、自分でも驚くほど痩せた。

 

「やばい、このままじゃ、死んじゃう」

美穂はとうとう、会社近くの心療内科を訪ねた。やはり不眠で苦しんでいた同僚が紹介してくれたのだ。

「二分診療で眠剤とか安定剤、すぐ出してくれるから便利よ」

と。それがいい医者なのかどうかは分からないが、楽になれることは確かだった。

「薬を飲み始めたら、お酒はやめてくださいね。記憶障害や呼吸抑制、翌日の眠気やふらつきが出たりして危険ですから」

と医者には言われたが、酒を飲まないことには、夜の淋しさが増した。

 

一人でやることもない。毎日会社に行って、一日八時間以上マシンガンのようにキーボードを叩き続け、家に帰って風呂入って寝るだけだ。何のために生きているのか、美穂はよく分からなくなってきていた。

 

 

あんな男でも、やり直したい。夫と会って、自分の何がいけなかったのか聞きたい。そして、それを直すから、もう一度結婚生活をやり直したい。

美穂は夫の携帯に、何度も電話をかけた。夫が出ることはなかったから、ラインにもメッセージを送り続けた。

 

「また既読スルーかよ」

バカヤロー!!  私の何がいけなかったんだよー!!

美穂は泣き叫びながら、その辺にあるものを投げた。ワイングラスは砕け散り、翌朝、素面で片付ける時は惨めさが増した。結婚祝いにもらったバカラのペアグラスは、一つだけとなった。

 

 

三カ月ほどたったころ、夫からメッセージが残っていた。

「ローンの支払いがきつくなって来た。今借りてる部屋の家賃とダブルで支払うのはもう無理だ。すまないが、その部屋は売るから、君も適当な部屋を借りてくれないか?」

「え?  出てけって事?」

一人暮らしに満足して気が済んだら、いずれは帰って来るものとばかり思っていた美穂にとって、それは青天の霹靂だった。

 

横森理香 コロナ同棲第1話

イラスト/ナガノチサト

 

◆第2話は、7月8日(木)公開予定です。お楽しみに。

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