我が家の浴室には、導線を考えて手すりがたくさん付いている。脱衣所と風呂場の間の段差をなくしてあるので、つまづくこともない。風呂場の床も、すべりにくい素材にしてある。家を二世帯に改装するときに、年老いた父母が、いつかうちで安心してお風呂に入れるようにと考えたからだ。
ところが、母はとっととあっちに逝ってしまい、父はプールという名のお風呂に足しげく通っている。浴室をバリアフリーにしておいて良かった~と心から思った最初の住人は、なんと、左足を折った私だった。
ギブス生活が始まったのは、ちょうど暑くなりかけたころ。お風呂を我慢するには、つらい時期にさしかかっていた。
骨折をして5日後、湯舟に入ってはいけないがシャワーはOKのお許しがでた。アンパンのように腫れた足を、パカッと分かれるギブスから外し、右脚で脱衣所に立つ。「ここに付けといて、良かった~」と思う場所にある手すりを両手でつかんで、片足で少しずつスリスリしながら風呂場へ。
洗い場のシャワーとの距離感がちょうどいい感じのところに、あらかじめお風呂の椅子を置いておいてもらった。
よしよし。「こりゃまたいい場所に付けたもんだ」とほくそ笑みながら、手すりを両手でつかみ、片足でバランスをとりながら、風呂椅子を目指して腰を下ろしていく。ところが・・・・・・右脚だけで全体重がささえきれない。膝がプルプル震える。が、左足を床につけるなんて、恐ろしくてできない。
握りしめた手すりがミシミシと音を立てている。遠い。床から20センチくらいの高さのポリプロピレンの椅子が、遠い。ナマケモノが木から降りるように、そろりそろりと手を動かして、やっとの思いで座れた。ほっ。
体を洗い終わったら、今度は立ち上がらなければいけない。全力でさっきの手すりをつかみ、登り棒の要領で手を動かし、真剣にゆっくりと右脚だけで立ち上がる。少しでも気を抜いたら、無様なポールダンサーになってしまう。
脱衣所に生還。ダメだ。浴室全体の作りがどれだけバリアフリーでも、お風呂の椅子はぜんぜんバリアフリーじゃなかった。
ベッドで、左足を高くして横になり、スマホでググる。「風呂 座面の高い椅子」。
あった。
<シニアサポート、妊婦の方にもおすすめ。使う方に合わせて座部の高さ調節可能。脚部の先端は滑りにくいゴムキャップを採用。・・・・・・>まだシニアではないが、腹部に妊婦との共通点はある。いける、これだ。
即ポチリ。翌日、その名も「コンフォートシャワーチェア」が到着。私のお風呂ライフは、各段に安全なものになった。
それにしても、みなさん。片脚でしゃがんで、片脚で立てますか?
自分の筋肉のなさ(もしくは、体重の重さ)。骨折をしなければ自覚しなかった気づきがここにも。
(つづく)