まもなく連載100回を迎える人気連載「女性のための漢方救急箱」のライターは、漢方薬剤師・漢方ライフクリエーターの樫出恒代さん。現在は、「対馬ルリ子女性ライフクリニック銀座」内の漢方カウンセリングルーム「Kaon(かおん)」で漢方カウンセリングと、オリジナルのバイタルフットヒーリング(*)によるケアもおこなっています。
*ひざ上から足裏・足指のトリートメント&ツボ押しと、漢方カウンセリング、ヘッドマッサージで氣の流れを整えるKaonオリジナルケア。
樫出恒代(かしでひさよ)/漢方薬剤師・漢方ライフクリエーター
漢方カウンセリングルームKaon代表。Kaon漢方アカデミー代表。新潟薬科大学薬学部卒業後、一人ひとりのこころとからだにていねいに向き合う漢方カウンセリングを提唱。美容家吉川千明氏との共著に「内側からキレイを引き出す 美肌漢方塾」(小学館)がある
「昔はアンチ漢方だった」という、意外なお話から始まりました。
子宮内膜症の苦しみが意識を変えた
樫出さんのご実家は、新潟にある薬局。子どもの頃から家に漢方があり、お母さんが飲んでいる漢方のにおいが苦手で、好きではなかったのだと言います。
「高校生のとき、口内炎を繰り返したことがあり、薬を塗ってもなかなか治らなくて母に『クマザサを飲みなさい』と言われて飲んだんです。そうしたら効いたんですね。だけど、それで漢方に興味がわいたわけではなく、相変わらず“アンチ漢方”の考え方は変わりませんでした。その時の口内炎には効きましたが、基本的に漢方は効かないと思っていたんですね」
大学受験になり、キラキラした世界に憧れて東京の大学を受験したかったという樫出さん。ところが両親はどうしても地元の薬科大にいって、実家を継いでほしかったそうです。
「当時、新潟薬科大学ができて推薦で入れたんです。それに、親が車を買ってくれるというので(笑)東京は諦め、親の希望通り新潟薬科大学に進学しました」
ところが大学生活は、実験とレポートばかりの毎日。
「薬の知識を得て、その道の専門家になるのはもちろんいいのですが、正直楽しくはありませんでした。その後、東京の製薬メーカーに就職しますが、そこでも薬剤師の仕事に疑問が残りました。処方箋を作るのはあくまでも医者で、薬剤師は間違わないように用意するのが仕事。責任は重いですが、自分でなくてもできる仕事です。『自分にしかできない仕事がしたい』と、ずっと思っていました」
実はその頃、子宮内膜症がひどくなり、痛み止めを倍量飲んだり、胃が痛くなるので胃薬を大量に飲んだり。体がどんどんボロボロになっていったのだそうです。
「ある日、母が愛読していた漢方の本『漢方處方解説』が目に留まり、何気なく読み始めたら夢中になってしまい、お風呂に持ち込んで読むくらいに。今まで自分が学んできた西洋医学の考えと真逆のことが書いてあったんです。例えば1種類の薬で肩こり、頭痛、生理痛、打ち身、捻挫に効果があるとか。『えー⁉』という衝撃です。今までは痛み止めしか知らなかったのに!」
そこで「自分で決めて、自分で飲んだ」のが桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)。
「そうしたら、子宮内膜症の症状が軽くなり、病院に行ったら数値がよくなっていたんです。それまで、お医者さんに『治すには閉経させるか子供を産むかですね』と言われていたんですよ。24歳くらいの頃で、そんなの答えが出せませんよね。それで、ようやく漢方の良さに気がついたのです」
人を「丸ごとみる」医学があると知って
桂枝茯苓丸の服用により子宮内膜症が快方に向かったという樫出さんですが、不調はまだまだ終わりませんでした。
「東京で勤めていた頃、過労もありパニック障害を起こしたんです。母に『気分転換に旅行にでも行ってみたら』と勧められてメキシコに行ったのですが、これまでの不調と旅の疲れが重なったのか、全身の粘膜がただれ、剥がれ落ちるという急性疾患に。目の粘膜、鼻の粘膜、口、喉、尿道、爪……あらゆる粘膜が病変するのです。のちにそれは『スティーブン・ジョンソン症候群』という難病だとわかりました。急性疾患なので、とにかく症状を抑えないと命の危険もある病気です。帰国して1ヶ月半入院して、24時間ステロイドを点滴投与し、なんとか持ち直しましたが、ステロイドの副作用でムーンフェイスになったり本当に大変だったんです」
そして会社を辞め、一旦新潟へ戻ることに。自分を不調から救ってくれた漢方に、ますます興味がわいたという樫出さんは、その後も漢方の道を深めていきました。ここから漢方と本格的に関わっていくことになります。
「新潟に戻り、実家の漢方薬局で漢方カウンセリングを始めました。薬剤師の勉強をしたことを、ようやく良かったと思えるようになりました。西洋医学の考え方と東洋医学は考え方がまったく異なります。それが面白かったんです。西洋医学は基本的には対症療法の考え方ですが、東洋医学は『人をまるごと見る医学』。そんな、ものがあるということを知らなかったので衝撃でした。大学でそういうことを教えてくれたらよかったのに、と思いましたね」
しかし、漢方カウンセリングを始めた頃はまだ西洋医学の考え方から抜けきれず、「その悩みにはこの漢方ですね」と一方的に薬を出していたのだそう。お客さまが次に来た時に「効かなかった」と言うと、「ちゃんと飲みましたか?」と自分の処方に疑いを持たなかったと言います。
「効かないと言われることにイライラしていました。でも、ある日気がついたんです。治すのは私ではなく、本人なんだと。気づいたというより、降りてきた感じ。目がパッと開いた気がしました。私はその人の“治癒力”に寄り添う力を身につければいいんだ! 治すことばかりに目を向けるのではなく、その人の話を聞いて、合うものを探してあげる力をつければいい。あの時の気づきが今の私の原点です」
そして、「これは一生続けられる、私にしかできない仕事!」と確信したのだそう。その後東京で結婚し、漢方の勉強会に参加したり、自身でセミナーを開く中で、対馬ルリ子先生のクリニックで漢方カウンセリングを行うことに。
「対馬先生とは、漢方カウンセリング、漢方セミナーなどをやり始めたころからのご縁で、未病の大切さを伝える活動をしていたころ、対馬先生も同じ思いでいらっしゃって先生が銀座にクリニックを開く時に、診察のない日にお部屋をお貸しいただくことになったんです。そのご縁で、現在のクリニックでも漢方カウンセリングルーム『Kaon』で漢方カウンセリングを行っています」
漢方生薬認定薬剤師の資格も持っている樫出さんですが、「資格よりも大事なのは、とにかくたくさんの患者さんをみること」だと言います。
「漢方では『証をみる』と言いますが、同じ冷え性でも、同じ肩こりでも原因は全然違ったりします。ですからおすすめする漢方も同じではありません。私は舌診、腹診、足診を行い、話をたくさんお聞きします。それは症状の話だけでなく、最近どんな映画を見たとか、こんな嬉しいことがあったとか。それが『人を丸ごとみる』ということなんですね。今は、月に3週間は東京、1週間は新潟の実家で漢方カウンセリングを続けています。新潟の方は、1週間で50人も来てくださることもあるんですよ」
多くの患者さんに寄り添い続けている樫出さん。OurAge世代の悩みにも応えたい、と言います。
50代以降の健康に必要なのは「感性を磨く」こと!?
加齢とともに、健康の数値はだんだん下がってきます。女性ホルモンが減ってくるから血圧が上がったり、コレステロール値が上がったり。そういうことがあると、落ち込むこともありますよね。
「それで『病気になるんだわ』とか、『家族に迷惑かけるかも』とか、いろいろな不安はこの先、絶対に増えて来ます。不安が増えると腎のパワーが落ちるので、漢方では『腎虚』と捉えます。不安に思えば思うほどどんどん腎の力が落ちるから悪循環ですよね。だから今の自分を認める。認めないままでいると前に進まないから」
樫出さんはカウンセリングの他に、漢方を学ぶアカデミーも始めました。その理由は、先のような不安を解消してほしいという思いと、漢方を学ぶことで家族の舌をみることができるようになってほしい、という願いから。
「『こういうときは葛根湯かな』『これは当帰芍薬散かな』などとわかれば、薬局で選ぶことができますよね。家族の健康を守ることができる。だから知識とか知恵が大事なんです。体質がわかるようになったりね。漢方も生活の知恵なんです」
そして、もっとも大事にしてほしいのは「自分のこと」だといいます。
「今の自分ってどうだろう、ってわかる力は、絶対に大事です。自分を客観視できる力。それには感受性や想像力が不可欠なんです。自分の症状から何を感じるか。それも漢方の考え方。だから感性はどんどん磨いたほうがいい。文化に触れたり、絵画を見たり、映画を観て泣いたりね。感性を磨くことは、実は腎の力をつけることにつながっていくんじゃないかと思います」
ご自身の不調から、漢方に辿り着いた樫出さん。
OurAgeでは、漢方にまつわる、わかりやすくておもしろい記事を発信しています。
「あの連載でみなさんにお伝えしたいことはただ一つ。自分を大切にしてください、ということです。まず自分を大事にしてほしいし、もっと自分に目を向けてほしい。自分を大切にできる人は人にも優しくなれるはず。自分をみる力が大切なんです。だから人を『丸ごとみる』医学、漢方にまつわる知恵を、これからも発信していきます」
撮影/山田英博 構成/島田ゆかり