OurAgeに「冷えとり名人」として登場した鍼灸師の田中美津さん。実は、1970年代初頭、日本の女性解放運動を牽引した伝説のヒトなのです。その美津さんの今を追いかけたドキュメンタリー映画『この星は、私の星じゃない』が10月26日より東京を皮切りに、全国各地で公開されます。監督は1967年生まれの吉峯美和さん。女性解放運動にはあまり興味のなかった吉峯さんが、美津さんに惚れ込み、4年がかりで自主制作した力作です。
撮影/織田桂子 取材・文/石丸久美子
吉峯美和さん
Profile
よしみね・みわ●1967年生まれ。フリーランスの映像ディレクター。NHKハイビジョン『女優・杉浦春子への手紙〜1500通につづられた心の軌跡』(07)、NHK総合『私のリュックひとつ分〜ミュージシャン・矢野顕子』(12)、など数々のドキュメンタリー番組を手がける。2013年、NHK・Eテレ『日本人は何を考えてきたのか 平塚らいてうと市川房枝〜女たちは解放をめざす』でギャラクシー賞 テレビ部門 奨励賞受賞。2015年、Eテレ『日本人は何をめざしてきたのか 女たちは平等をめざす』で田中美津さんにインタビュー。その言葉の力と人間的魅力に惚れ込み、自主製作で本映画の制作を決意、撮影を始めた。
田中美津さん
Profile
たなか・みつ●1943年生まれ。鍼灸師。1970年代初頭に始まったウーマンリブを牽引。1975年の国際婦人年世界会議をきっかけにメキシコに渡り、4年半の滞在中に未婚で一児の母に。帰国後、鍼灸師となり、82年治療院「れらはるせ」を開設、現在に至る。『新・自分で治す冷え性』(マガジンハウス)、『いのちのイメージトレーニング』(筑摩書房)、『ぼーっとしようよ 養生法』(三笠書房)、『かけがえのない、大したことのない私』(インパクト出版会)、『新版 いのちの女たちへ―取り乱しウーマン・リブ論』(パンドラ)、『この星は、私の星じゃない』(岩波書店)など著書多数。最新刊『明日は生きていないかもしれない…という自由』(インパクト出版会)が10月26日に発売予定。
自分の中の「膝を抱えて泣いている少女」を忘れないで
4年前、NHKの特集番組で、戦後の女性史を辿る証言ドキュメンタリーを制作することになった吉峯美和さん。「田中美津さんの証言は外せない!」と取材を申し込みますが、美津さんは辺野古の米軍基地建設への抗議活動を始めたばかりで、それどころではない様子。それでも4度にわたる交渉で口説き落とします。
やっと実現したインタビューは驚きの連続。「ウーマンリブのカリスマ」と称される伝説の女闘士は、おおらかな人柄、やわらかな感性、そして〝圧倒的に面白かった〟のです。
「ほかの出演者が昔話に終始するなか、『女性解放より私の解放のほうが大事』と〝今〟の話をするんです。それも現代の女性や若者に通じる、まったく古びない力強くいきいきとした言葉で!」
美津さんが1972年に上梓した『いのちの女たちへ―とり乱しウーマン・リブ論』は、女性解放関連の世界の50冊をセレクトした『フェミニズムの名著50』(平凡社)の中に、日本を代表する5人の著者として平塚らいてうや与謝野晶子らと並び選ばれています。以前、平塚らいてうの特集番組を制作していた吉峯さんには、美津さんが平塚らいてうと重なりました。
美津さんの言霊がビッチリ詰まった3冊。左から、映画とのコラボ、『この星は、私の星じゃない』には上野千鶴子、伊藤弘呂美との刺激的なやりとりも収録。版を重ねて読み継がれ、新装版も刊行された名著『新版 いのちの女たちへ―とり乱しウーマン・リブ論』。『かけがえのない、大したことのない私』には、リブの活動を象徴する笑いと共感で女性解放を表現した『ミューズカル〈おんなの解放〉』のシナリオも収録。いずれも分厚い本なのに、頁をめくる手が止まらなくなる面白さ!
「現代の平塚らいてうを撮るんだ!」と、美津さんの映画を自主製作することに決めた吉峯さん。最初のうちはテーマも決めず週1で密着。どこにでもくっついていき、かかりつけの病院の診察室にまで入り込もうとする勢いです。カメラを回していないときも、「言葉の全てが思想だから」と、美津さんにピンマイクと録音機をつけっぱなしにして全ての言葉を拾います。
そんなふうに、がむしゃらに撮り続け、2年たったある日のこと。小口久代さん(撮影)、朝倉三希子さん(整音・音響効果)ら女性スタッフと歓談中、美津さんがさり気なく言いました。
「柔らかな感性で作品を作り続けたいなら、自分の中の膝を抱えて泣いている少女の存在を忘れてはいけないよ」
そのひと言に、吉峯さんはハッとします。
「それまでの私は女性の視点も大事にしてきたつもりでしたが、どちらかというと〝男並みにバリバリ仕事して、客観的にきっちり構成された男と同じようなものを作れる人〟として評価されていたんです。美津さんはそんな私をしっかり見抜いていたのでしょう。
『私の中にいる小さな少女があなたの中にもいるはずで、それに蓋をしてきたでしょ?自分の痛みに鈍感な人に私の全ては撮れないよ』というメッセージだと思いました」
幼い頃、性被害に遭った体験から「この星は、私の星じゃない」と自分を納得させ、「女であること」の痛みに向き合ってきた美津さん。彼女の中の〝泣いている少女〟の視点でそれまでの撮影を振り返ると、見えていなかった田中美津の素顔が見えてきました。
「2015年から沖縄の問題に取り組むようになったのも、1965年に沖縄宜野座村で米軍のトラックにひき殺された少女の1枚の写真に衝撃を受けたことがきっかけだとは聞いていましたが、それは正義感からの行動だと思っていたんです。でもそうではなかった。
沖縄の少女の痛みと美津さんの中の少女の痛みがシンクロして、それが彼女を突き動かしているんじゃないかって。そして、膝を抱えて泣いている少女は私の中にもいることに気づき、これこそがこの映画のテーマだと確信したんです」
2015年『ぐるーぷ・この子、は沖縄だ』を結成。年に3〜4回沖縄ツアーを敢行。
2018年5月、吉峯さんは編集作業に集中するため、都内から千葉県の外房に転居。膨大な素材を整理して90分にまとめる作業は困難を極めます。途中、スタッフや信頼できる制作者たちに見てもらい意見を求めるも、「物足りない」という意見が大半で……。
「とくに美津さんと同世代の男性たちには〝田中美津=闘う女〟というイメージが強くて、もっと激しいところとか痛快なところがないとダメだと言うんです。何年もかかってやってきた自分を全否定されたようで、どうしてわかってくれないんだろうって、つらかった。
でもだからといって、テーマを変えることはしませんでした。意見は参考にさせていただきましたが、軌道修正することはしなかった。誰もわかってくれなくても、自分で自分を否定することはできない。ここまでやってきた自分を自分が信じてあげなくてどうする!って感じでした」
自分の中から湧き出る気持ちに正直に、吉峯さんは美津さんの〝今〟を切りとりました。
鍼灸師として全身全霊で患者に向き合い、沖縄の苦しみを我がことに感じ、辺野古で地元の人ともに座り込み、朋友と屈託なく語らい、息子の行末を案じ、愛猫にそっと愚痴る…。その姿は、どこか不器用で切なくて、どこまでも自由でしなやかでーー。
「試写を観てくれたリブ世代の女性たちからは、『素顔の美津さんが見られてよかった』という感想が多くて、ひとまずほっとしています。若い世代の人たちは、リブとか関係なく、〝自分の悩んでいることと地続きのところにいる人〟と思うみたい。一般公開に先駆けて上映された映画祭でも、30代の女性から『会社を休んできたけれど、すごく元気をもらいました』と言われて、本当にうれしかったです。若い男性からも、『超カッコイイね、この人!』って(笑)」
足掛け4年、制作費に貯金を使い果たし、320万円もの支援が集まったものの、大きな借金を抱えることに。それでも吉峯さんは、「50代って、最後のチャンスじゃないですか?」とカラリ。
「あと10年遅かったらできなかったと思うし。まだ振り返る余裕はないけれど、この映画が私自身の一つの原点になるだろうという予感はあるんです」
現在、52歳の吉峯美和監督(左)と76歳の田中美津さん(右)。身長差も年の差も軽々と超え、息の合ったコンビぶりが微笑ましい。
次回は、田中美津さんのインタビューをお届けします。お楽しみに!
『この星は、私の星じゃない』
自分の自由や幸せのために、邪な世界と闘い続ける田中美津の等身大の姿を追ったドキュメンタリー映画。全ての女性の中にいる、傷ついた少女の闘いと再生の物語でもある。10月26日より渋谷ユーロスペースにて公開。上映期間中にトークイベントも開催。10/26上野千鶴子さん(社会学者/東京大学名誉教授)、10/27栗原康さん(政治学者/東北芸術工科大学講師)、10/31雨宮処凛さん(作家/活動家)、11/2田中美津さん(鍼灸師/本作のメインキャラクター)、11/3小川たまかさん(ライター/フェミニスト)、11/4吉峯美和さん(本作の監督)、11/6安富歩さん(社会生態学者/東京大学東洋文化研究所教授)。以後、名古屋シネマスコーレ、横浜シネマリン、松本シネマセレクト、大阪シネ・ヌーヴォ、神戸・元町映画館、京都みなみ会館、鹿児島・ガーデンズシネマ、沖縄・桜坂劇場、ほかにて公開予定。