2018年に出版された『草笛光子のクローゼット』は衝撃的だった。80代半ばにして、素敵な歳の重ね方を、リアルにアクティブに教えてくれた。
そして5年後の今、続編の『草笛光子 90歳のクローゼット』では、さらに私たちを驚かせてくれる。仕事場で、日常で、旅先で撮られた姿は、粋でおしゃれでカラフルでキュート。
いつまでもこんな女性でいられたらいいのに!と、まさに私たちの憧れの的。
ファッション哲学、装う上で思っていること、暮らしの楽しみなどなど、草笛さんが語る言葉には、私たちを刺激するキーワードがいっぱい詰め込まれている。
撮影/天日恵美子(『草笛光子 90歳のクローゼット』より) 取材・文/岡本麻佑
草笛光子さん
Profile
くさぶえ・みつこ●1933年10月22日、神奈川県生まれ。1950年松竹歌劇団に入団、53年『純潔革命』で映画デビュー。主な映画出演作に「社長シリーズ」『犬神家の一族』ほか「横溝正史シリーズ」『沈まぬ太陽』『武士の家計簿』『老後の資金がありません』など。舞台では『ラ・マンチャの男』『王様と私』『シカゴ』『ピピン』『6週間のダンスレッスン』などに出演。近年のTVドラマでは11回目のNHK大河ドラマ出演作である『鎌倉殿の13人』の比丘尼(ひきのあま)役が大好評。1999年に紫綬褒章、2005年に旭日小綬章を受章。
「こんちくしょう!」で生きてきた
「私ね、おしゃれじゃないの。モデルさんでもないし。こう、じーっとポーズをとって写真を撮られるの、本当はあまり好きじゃない。お大尽じゃないから、高級な良い洋服なんて持っていませんしね。
でもほら、最近はみんな元気をなくしているじゃないですか。私もロシアによるウクライナ侵攻には戦争体験者として心を痛めていますし、コロナウイルスでエンターテインメントの世界も大打撃を受けましたから。
そんな中で、たとえば服を着る、装うことで、何か面白さとか楽しさとか挑戦する気概とか、思い出して欲しいと思ったんです。そこで私が何かお役に立てるのであれば、と。
スタイルが良いわけでもない私が、こんなふうにお洋服を着て楽しんでいる姿を見ていただければ、ちょっと勇気が出る方もいるかもしれないじゃない?」
その言葉通り、『草笛光子 90歳のクローゼット』は、すごーく元気になれる本。5年前に『草笛光子のクローゼット』という本が4万部を超える大ヒット。「奇跡の80代」「シニア世代の星」と話題になり、本書はその続編。草笛さんは今年10月に90歳になる。
カジュアルウエアからドレスまで、さまざまなシーンを背景に服を着こなす草笛さんは、優雅で元気でチャーミングでミステリアス。
色遣いやら靴の選び方、アクセサリーの使い方、スカーフのあしらい方などなど、長いキャリアで熟成されたファッションテクニックを惜しみなく公開している。
大女優ならではの、華やかな席にこそふさわしいドレス姿は、さすがに圧巻。
「すごいドレスを着なくちゃいけない場面も、女優ですから当然あります。とんがっちゃったモード系とか、ね(笑)。
そういう時私は、役をもらったような気持ちになるんです。台本を読むように洋服を観ているのかもしれませんね。『よし、この服をうまく着こなしてやろう!』って。その服を着てどう演じるか、勝負です。
しかも私はエレガントなドレスでも、気取ってポーズを取るのは嫌い。舞台女優ですからね、動いているほうが自分は生き生きと写るってわかっているから。
生きてる顔と生きてる体を、私は撮って欲しいの。だからあえて足を広げて椅子に座って、どう?って(笑)。そういうのもやっぱり、役を演じることにこだわってきた、おへその曲がり方ね」
そして何気ない普段着でいても、華やかで艶のある女優オーラは隠しようもない。
実は草笛さんのワードローブには、ベーシックなデザインでお手頃価格の、いわゆるプチプラアイテムも入り交じっているそうで。クレジットの中にはユニクロやZARA、H&Mなどもちらほら登場する。
「女優が全員ハイブランドばかり着ているなんて思わないでね(笑)。
私思うの。なんでもない、普通のセーターを着て素敵に見えることが大事でしょ? 普通に着るだけなら、普通に見えるだけかもしれないけど、そこをちょっとだけ、崩す。崩すという言葉が適当かどうかわからないけど、『これが私よ』って。肌の見せ方とかスカーフやアクセサリーとかコーディネイトとか工夫してね。
最近は年のせいか、どうしても楽な服を着ることが多くなっているけれど、楽の中にちょっとね、コショウをいれたり甘みを足したり、たまに色気を入れてみたり(笑)。すると『そのセーター素敵ね、どこの?』って聞かれたりするのよ。その瞬間『やった!』って思うの(笑)」
何より草笛スタイルの特徴となっているのは、その見事なグレイヘア。
60代後半までは髪を黒く染めていたという草笛さんが、グレイヘアに切り替えるきっかけになったのは、2002年の『W;t ウィット』という舞台。ヒロインは闘病中のがん患者、抗がん剤のせいで髪が抜け落ちたという設定にひるまず潔く、丸坊主になったそうで。
「ちなみにその舞台、最後は観客に背を向けてオールヌードになりました(笑)。衝撃的な舞台、でもやって良かった。面白かったです。
で、とにかくその後、白髪の坊主頭になってしまって、でもカツラを被る気にもなれなくて。その坊主頭のまま、スーツを合わせたりして平気でテレビにも出ていました。
そういう心意気っていうのかな、そういうことはおしゃれにも通じると思うの。度胸いりますけどね、こういうの、ほかにやる人いないから、いいなと思った。
それ以来髪を染めるのはやめて、何もしないまま今の髪になったんです。髪がグレイになるとね、カラフルな服が似合うようになって、これは本当に良かったと思っています」
本の後半には、今までの女優人生の思い出の一部が記されている。ブロードウェイに通った20代から30代。40代以降もミュージカル女優として大輪の花を咲かせる一方で、悔しかったこと、つらかったこともたくさんあった。
「この本にも出てきますけど、私、靴が好きなんです。イヤなことがあっても、靴を買うと癒されるから、つらい仕事のときはしょっちゅう靴屋に通っていたわ(笑)。靴を買って、『こんちくしょう、負けるもんか!』って頑張ってきたの。
「こんちくしょう」っていうのは自分のお尻を叩いている音よ。言っちゃいけない悪い言葉だけど、たまに心の声が出ちゃうみたい(笑)」
ということは、今も時には「こんちくしょう!」と?
「靴はあまり買わなくなったわね。何か物を買って収まるような、そんな女じゃなくなったの(笑)。もうちょっと深く、複雑になったのかな。
おいしいお茶をゆっくりいただいて、それでなんとなく落ち着いたりしますね。もう90歳ですからね」
そう、90歳。でもでも、この本を見終わってなにより印象に残るのは、どんなファッションも着こなしてしまう、その姿。実際にお目にかかると、思ったよりも小柄な方なのに、背筋がすっと伸びて、動きもしなやか。どんなエクササイズが今の草笛さんを作り上げたのか、というお話はインタビュー後編で!
(今もハイヒールで踊れるという草笛さんの、トレーニングや体ケアについてのインタビュー後編はコチラ)
『草笛光子 90歳のクローゼット』
著者:草笛光子(主婦と生活社 1870円)
「散歩や買い物などTPOに合わせた着こなし」「おしゃれに見せる6つの鍵」「タンスに眠っている服と小物を蘇らせる」といったファッションの話はもちろん、「旅の思い出」や「心身を整える日々のたしなみ」、そして「生き方」の話まで。素敵な先輩から勇気とパワーをもらえるファッションフォト&エッセイ。