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インタビュー/佐々木芽生監督 捕鯨の現場に挑む

 

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        映画プロデューサー/監督 佐々木芽生

 

 

 9月に公開の映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』。実はこの映画、ずいぶん前から通の間では話題を呼んでいました。気鋭の女性監督が、3作目にして、誰も手を出せない難しいテーマに挑んだこと、さらにそのための支援を呼びかけたクラウドファンディングで2300万円(!)という多額の製作費を集めたこと。そんな異例づくめの作品を、見事に仕上げたプロデューサー&監督の佐々木芽生さんは、NY住まいのOur Age世代。軽やかに、シャープに、世界と向き合う彼女の、タフさのわけは? 映画公開直前にインタビュー

 

ささき・めぐみ 映画監督・プロデューサー。1962年、札幌市生まれ。青山学院文学部卒業後、東北新社を経て世界放浪の末に渡米。1992年よりNHKニューヨーク総局のキャスター、リポーターを務める。2002年、独立し映像制作会社を設立。初の監督作品、『ハーブ&ドロシー』でハンプトン映画祭最優秀ドキュメンタリー作品賞を受賞。3作目『おクジラさま ~ふたつの正義の物語』がこの夏に完成。同名の著作(集英社刊)も発売中

 

 

 水田さんプロフィール534×801

 聞き手:水田静子 有名女優から作家まで、広く厚い信頼を得て、
インタビュアー/ライターとして主に女性誌を舞台に活躍。
ていねいな取材と文章でその人の本質に光を当てることを
至上の喜びとする。自身も円熟のOur Age世代。

 

 

捕鯨=悪という決めつけに、

「それはおかしい!」とカメラを取った。

 

「今、捕鯨問題をテーマにするなんて、わざわざ地雷を踏みに行くようなものじゃないの! と、まわりの人たちからは、さんざん止められました」

意志の宿る瞳を輝かせながら、笑顔で話す佐々木芽生さん。ニューヨーク在住30年の、ドキュメンタリー映画の監督である。9月9日から劇場公開される新作『おクジラさま ふたつの正義の物語』では、自然保護を掲げて反対する活動家や世論と、生業として漁を続ける地域や国との間で、世界的な議論や対立が続いている捕鯨問題に取り組んだ。

 

 

くじら映画メインビジュアル

    映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』

9月9日より東京・ユーロスペースにて公開。

以降、全国の劇場にて順次公開予定。

 

 

 

「もともと一部のアメリカ人は、宗教のようにクジラやイルカを崇拝しているところがあって、代表的な捕鯨国のひとつである日本に対しても『南極海などで悪事を働いている』と批判報道を続けています。その一方的と思える姿勢に、長年もやもやした気持ちを抱いていました」撮ろうと決意したきっかけは、米映画『ザ・コーヴ』(2009)だった。和歌山県・太地町(たいじちょう)のイルカ漁の様子を映し、2010年の米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した作品である。太地町は、古式捕鯨発祥の地として知られ、「イルカ」を「クジラ」とも呼んで、追い込み漁を行ってきた太平洋岸の素朴な漁村。

 

 

 

                                                                    『おクジラさま ふたつの正義の物語』より

 

 

「漁師たちは先祖代々、生きるためにこの漁を続けてきただけなのです。そんな日本の小さな町が『ザ・コーヴ』では、矢面に立たされていました。血に染まる海をことさらに強調して撮っていく。かつ、盗撮や事実誤認、ミスリードも多い。私にとっては、とても不快な作品でした。地元の人たちの声もちゃんと反映させた、もっとフェアな視点の作品を撮りたくて…」。

 

 

「映画撮って、何か良くなるのか?」
と聞かれて。頭をガツンと殴られた気がした。

“今、撮らなければきっと後悔する!”。無鉄砲とも思えるエネルギーが原動力となり、カメラを片手に彼女はすぐさま太地町へと向かった。漁師たちに会い、IWC(国際捕鯨委員会)総会取材のため、モロッコなどまでも足を運んだ。

 

「ところが、2011年に東北で震災が起こって。撮影は中断せざるをえなくなりました。2014年に再開して、再び太地町に入ったのですが、かつてはなごやかに迎え入れてくれていた漁師さんたちの様子が一変していて、困惑しました」

 

映画の影響で、各国から押し寄せたマスコミに漁師らは疲弊し、佐々木さんにも固く心を閉ざしてしまっていたのだ。

 

                                                             『おクジラさま ふたつの正義の物語』より

 

 

 

「ここでやめるわけにはいかない」。

追い込み漁の組合長に「このままでは反対派の意見ばかり一方的に発信され、拡散され続けます」と伝え、ようやく家に招かれた日に、持参した焼酎を「倒れるまで飲んで」、イルカの刺身を初めて口にした。

 

「このころ集会で、ある漁師さんから『(映画を作ることで)本当に事態がよくなるんですか?』と聞かれたんです。ガツンと頭を殴られたようでした。撮ることが太地町のためになると信じていた、私の中に奢りがあると気づいたんです。そのとき、ドキュメンタリーを撮るということは、その人の人生を担う責任があるのだと、その重さにあらためて気づきました」

部外者でしかない自分、でも人生を担うほど重い責任がある自分。それを認めることが、映画監督としてこの事態と向き合う原点となった。

 

→そんな佐々木さんが映画監督になるまでの不思議な道のりとは・・・?

 

 

 

 

放浪のはての極貧体験が、

「怖れない心」を教えてくれた

 

 

すべてがゼロなら、失敗も平気。
それは「自由」なんだと気がついて。

札幌に住む幼少期から、世界の動きに関心の高い子供だったという。実家がインターナショナルスクールの裏手にあり、「アメリカ人の子供の家に遊びに行くと漂っている、シナモンの匂い」にあこがれた。目的を持つとつき進む性格。英語の習得に頑張り、高校時代には交換留学生としてアメリカにホーム・ステイする。そこで出会った国連職員の日本女性に触発され、「世界で活動する人間になりたい」と強い願望を抱いた。大学卒業後、映像制作会社に就職するも「自分はダメ社員で、会社勤めが性に合わない」と、2年で退社し、放浪の旅に出た。

 

 

「タイ、ネパールと廻り、インドで過ごした25歳のころ、お金もなくなってひどい貧乏生活になりました。でも悲壮感はなかったんです。むしろ、本当の自由ってこういうことなんだ、と思った。すべてを失ってゼロになった時、リスクを負うこと、失敗することへの怖さがまったくなくなって…。あとになって気づいたのですが、最初はお気楽な旅行気分で、自分を入れ込んだ観光写真を撮っていたのに、だんだんと自分には興味がなくなって、写す対象が他者や町の景色へと変化していった。思えばそれが、のちにドキュメンタリーを撮ることの、始点となったのかもしれません」

 

NYインタビュー風景2

 

1987年に、最終目的地だったニューヨークに辿り着いたときには「ポケットに20ドルしかなかったんです」と、可笑しそうに言う。もともと「報道に興味があった」ことから、NHKニューヨーク総局のキャスターを務めるチャンスをつかみ、各地で取材を重ねてキャリアを積んだ後、独立。映像制作の道に入った。

やがて前出の映画『ハーブ&ドロシー』(日本では2010年に公開)を監督。数々の現代アート作品を、作家が無名のうちに見出し、コツコツと収集し続けた公務員の老夫婦を追ったドキュメンタリー映画は、世界中で熱い反響を呼び、続編も作られた。

 

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世界中で静かなブームとなった監督第一作。
『ハーブ&ドロシー アート界のちいさな巨人』
本編87分+特典57分  ¥5076
問:ハーブ&ドロシー公式サイト
http://www.herbanddorothy.com/jp/dvd.html

 

H&D2

一作めの好評を受け、続編を制作。
『ハーブ&ドロシー2ふたりからの贈りもの』
本編87分+特典29分   ¥3996
問:『ハーブ&ドロシー2ふたりからの贈りもの』公式サイト
http://www.herbanddorothy.com/jp/archives/dvd.html

 

人生を変えるのは「一瞬」。
決断すれば、変わる

夫妻には、彼女以前にも多くのドキュメンタリー取材の申し出があったそう。でも、夫妻がOKを出しても一様に「では、製作費の目途が経ったら」と言って去り、戻る人はなかったそうだ。

「ふたりは、欲を持って収集していたわけではなくて、審美眼があり、ただ自分たちが好きな絵だからと集めていたんです。私はそんな夫妻の存在を、世の中にどうしても伝えたかった。だから、すぐにカメラを回させてもらって、予算のことなど考えなかったんです。そのうちふたりも娘のように親しみを持ってくださるようになって」

撮りたいものは撮る。その強い意思にブレは感じられない。

「よく『人生を変えるのに、どれくらいの時間がかかる?』 という質問がありますが、私なら『ほんの一瞬。変えると決めた瞬間』、と答えます。人って迷うと、今度はやらないですむ言い訳を考え始めてしまうものでしょ……」

 

→家を抵当に入れ、壮絶な撮影を経て、彼女が気づいたことは?

 

 

 

 

撮りつづけたい。

「声なき人々」の語り部として

 

 

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分断と対立の現場を前に
気づかされた、今すべきこと

『ハーブ&ドロシー2 ~ふたりからの贈り物』の制作費は、当時は珍しかったクラウド・ファンディング(プロジェクトに共感する人たちからネットを通じて支援を募る仕組み)で募り、完成させた。だが多額を要する映画制作、不足額はブルックリンのアパートを抵当に入れて賄った。今作の『おクジラさま……』も、朝日新聞のクラウド・ファンディング「A―port」を利用、2年前に当時最高額の2300万円余を集めたが、それでも再度、家を抵当に入れたそうだ。「借金を払い終えるとまた借金をするという(笑)。クラウドで集まったお金は、支援の方々からお預かりしたもの。必ず良きものを作って還元する責任を感じますね」

 

 

約3年の間に、太地町には20数回足を運んだ。制作中、海洋生物の保護を掲げて反捕鯨を訴える国際的NGO団体「シーシェパード」から、猛烈なネット攻撃も受けた。

「予想はしていたのですが、凄まじかったですね。さすがに気が滅入って寝込みました。でも3日後には起き上がって…(笑)」

 

 

長きにわたり壮絶な思いをした末にできあがったのは、シリアスな中にも、どこかほのぼのとユーモラスな雰囲気が漂う映画。最初は、反イルカ捕獲の団体へ向けて「太地でなぜイルカ漁がおこなわれているのか」を、強くメッセージしたいと考えていた彼女。しかし、撮影の途中から思考が大きく変化していったという。

「撮っているうちに、自分の中で迷いが生じたんです。『真実』はひとつではないと気づいた。真実だと思っていても、それぞれが違う。『正義』も同じで、何が本当の正義かわからない。どちらかに絞ることは危険なことだと。これはいま世界で起こっている、分断と対立の構図と同じです。違う歴史、文化、価値観を持つ多様な民族が、排除しあうのではなく、どう共存していくかを問いかけることこそが必要だと思ったのです」

 

 

年齢や肩書きでなく、何をする人? 
と問われる街で生きていく

 

ニューヨークにたどり着いてから、はや30年。これからもずっとそこに住み続けるつもりだと言う。

「ニューヨークという街では、『あなたは何をする人?』 とまず聞かれる。自分が何をどう考え、行動しているかが重要なんです。まわりの目を気にすることもなければ、いい年をして、などと年齢で判断されることもない。私自身が主体的に生きられる場所ですね」

ラフなジーンズ姿。語る口調は知的で、かつ軽やか。自分の信念に生きる女性は素敵だ。

 

 

公開に合わせ、著書『おクジラさま ふたつの正義の物語』も出版。波乱続きだった制作過程の一部始終を、自身で綴った。今回の制作を終えて、あらためて「自分が“語り部”であると気づいた」と言う。

「大声で叫べない、世界に声が届かない人たち、サイレント・マジョリティの声を届けたい。そこで懸命に生きている人たちの姿を伝え続けていきたい。その思いを新たにしています」

 

 

インタビュー・文/水田静子、撮影(佐々木さん)/織田桂子

 

 

 表紙トリミング

『おクジラさま ふたつの正義の物語』(集英社 ¥1700) 

撮影の経緯やその間の葛藤などを、あますことなく記録した、
本人によるドキュメント。カバーに使われているのは、気鋭の
現代美術家・山口晃の手になる、映画ポスタービジュアル。

本の紹介記事はこちら

 

 

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