世界的プリマドンナとして頂点を極めた後に、女優に転身した草刈民代さん。
バレエで鍛え上げた身体は、役を演じる上でも大きなパワーになっているようです。
次々と新しい表現へと挑戦できるのは、健康だからこそ。
50代の今も凛として美しいのは、やはり健康だからこそ。
そのための日々の心がけ、秘めた思いを、語っていただきました。
撮影/萩庭桂太 ヘア&メイク/馬場利弘 スタイリスト/宋 明美 取材・文/岡本麻佑
草刈民代さん
Profile
くさかり・たみよ●1965年生まれ。東京都出身。84年牧阿佐美バレエ団に入団。海外のバレエ団へのゲスト出演も多い。96年映画『Shall We ダンス?』(周防正行監督)に主演。97年日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を始め映画賞を多数受賞。同年3月周防氏と結婚。2009年現役を引退後、女優に転身。最近ではドラマ『やすらぎの郷』(テレビ朝日)『定年女子』(NHK)などに出演。10月7日公開の映画『月と雷』では、生活に疲れたダメな女・直子を演じ、新境地を開拓した。
イメージとは正反対の女を
全身で演じました
凛として美しい。それが、草刈民代という女優の個性です。
8歳でクラシックバレエを始め、20代30代と踊りに打ち込んで、世界中からオファーされるプリマドンナに。芯の通った身体は黄金律そのままに美しい筋肉をまとい、見事な動きを見せました。現役を引退後、女優として活動を始めてもなお、その身体が物語るものはしなやかな強さであり、強靱な美しさです。
表情より台詞より、身体で演じる人なのかもしれません。バレエダンサーとしてどんな役を演じるときも、自分自身の身体と向き合って役を作ってきました。今、女優として役の性根をつかみ、その人間になりきるときにも彼女の最大のツールはやはり、その身体なのです。
今回も草刈さんは、身体ごと演じました。映画『月と雷』で演じたのは、中年の女・直子。主人公・智(高良健吾)の母親であり、彼と泰子(初音映莉子)が出会うきっかけを作ったキーパーソンです。行きずりで面倒を見てくれる男を見つけては、その男のもとに居ついてしまう、野良猫のような生き方。四六時中酒を飲み、タバコを吸い、行き当たりばったりに生きているだらしない女です。まさに、女優・草刈民代とは正反対のイメージ!
「私も、お話をいただいたときには”どうして私に?”と思いました(笑)。監督がおっしゃるには、映画『パリ、テキサス』が大好きで、あの主人公の男性のように、私に、風景を背負ってスクリーンの中を歩いて欲しい、と。きちんとイメージを持ってオファーしてくださっているなら、信頼して作品に参加できると思って、喜んでお受けしました」
では直子というダメな女を、どう演じるか。
役作りのために最初に手を加えたのは、髪の毛でした。髪を染めてパーマをかけて、傷んだ髪に。生活に疲れた女の髪です。
次に考えたのは、歩き方。
いつものように歩いたら、健康できちんとした人にしか見えません。
「たぶん、歩くときに重心の定まっていない人だと思うんです。丹田がない人、みたいな(笑)。歩いてみて、これだ、という歩き方が決まったら、役がつかめたような気がしました。ある意味踊りのアプローチのように、動きでちゃんと見せていこうと」
さらには、スッピン。
草刈さん、この作品の中ではファンデーションを塗ったのみ。マスカラすらつけなかったとか。
「私がやるんだったら、そこまでやらないと多分、ダメな人に見えないので(笑)。夫(映画監督の周防正行さん)にも相談したんです、『スッピンで出るのもアリかな?』って。すると『それは全然、アリでしょう!』と。『びっくりされないかな』って聞いたら『完成披露のときにキレイにしてればいいじゃない、女優なんだから』って言われました。なるほど、女優ってそういうことか、と(笑)」
女優に転身して8年。もうすっかり、演じる人になりました。しかもとびきり好奇心旺盛な、演じる人に。
「なんでも〈やりたがり〉なんです。自分が面白いと思ったらなんでもやりたい。今回の直子役も、よくやりましたね、という人もいますけど、私はこれくらい出来た方がいいのかなって思う。ここまでやらないと作品がぶち壊しになってしまうと思うんですよ。役柄には役目があるので、抜かりなくやらないと、ダメなんです。
ひどい顔に映っているかもしれないけれど(笑)、でも作品が良くて、見て下さる方が共感できたり感動してくれるなら、それでいいわけで。私がこの役を演じる意外性を面白がっていただけたり、愉しんでいただければ」
ちなみに、直子はダメな女ながら、物語の中心となる息子とその恋人である泰子に強烈な印象を残す、重要な役回り。
「人は一歩間違えると、流れに身を任せてそれだけで生きてしまうと、こうなってしまうのかもしれない。でも彼女は精神的に自立しているからどん底ではないし、こんなにダメな女なのに周囲が強く惹きつけられてしまうのは、何でも飲み込んでしまう強さと太さを彼女が持っているから。何でも受け入れられる、そこにただ居られる強さが、彼女の最大の魅力でしょうね」
なるほどそれは、草刈さん自身も持っているサムシング。まったく逆のイメージながら、直子と草刈さんはどこかで似ている、のかもしれません。
(「顔を直すよりも大事なこと」を語った、インタビュー後編に続く)
『月と雷』
10月7日(土)より、テアトル新宿ほか全国ロードショー
配給:スールキートス
(c)2012 角田光代/中央公論新社 (c)2017 「月と雷」製作委員会
監督:安藤尋 脚本:本調有香 出演:初音映莉子、高良健吾、草刈民代